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前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ シエスタは恐怖していた、目の前の少年が言っている事はただの言いがかりに過ぎない。それはあまり学が無いシエスタにとっても理解できる事実だった。 けれども彼女は平民で、目の前の少年は貴族…それは事実を覆して有り余る身分の差でもあり、覆し様の無い力の差でもある。 ゼロのフェイト シーン06a “ヒューとルイズのスタイル” シーンカード:イヌ・Ⅰ(審判/事件の決着。逮捕。失われしものの再生、復活。蘇生。浄化。) 「も、申し訳ありません!まさかその様な事になるとは露知らず。」 「全く、これだから君達平民は度し難いんだ。 いいかね、ああいう時は後からそっと渡してくれれば良かったんだ。それをよりにもよって「トリック・オア・トリート」誰だ!」 いきなり耳元で囁かれたギーシュは驚き飛び退る。ふり返ると、今まで自分がいた場所に見た事が無い平民の男が立っていた。 珍しい仕立てのコートを纏っている男だ、印象としては鋭利な刃物を感じさせるが所詮は平民、特に脅威という訳でもない。 しかし、この平民には見覚えがあった。知ったのは数時間前だが…確かルイズの使い魔の平民だ、良く考えるとメイドと共に居たのはこの男ではなかったか。そう思うと一層苛立ちが募る。 「君は確かそこのメイドと一緒にいた男じゃないか、貴族にいきなり言葉をかけるとは躾がなっていないようだね。 まあゼロのルイズの使い魔じゃあしょうがないともいえるけど「一言いいかい?」何?」 「確かミスタ・グラモンで間違いありませんね?」 「その通り、ギーシュ・ド・グラモンとは僕の事だ。で、何だね言い訳位聞いてあげようじゃないか。」 「いやね、先程からそちらにいるシエスタを責めていらっしゃるように見えますが、それはとんだ見当違いだと言いたいん ですよ。」 「どういう事だね、まさか僕の所為だとでも言いたいのかい?」 「いえいえ、別にミスタが二股かけようが此方には関係は無かったのですが。事、香水壜の件について言えばミス・モンモランシに渡したのは俺でね、彼女は一切関知していないんですよ。」 ギーシュは目の前の平民がメイドの少女を助けようとしている事を感じとった。 改めてメイドの少女を見るとなるほど、平民にしては見目が良い。どうやらこの僕を出汁にしようとしているのだろう、 何とも無謀な平民である。居るのだ時折こうして貴族に立ち向かう無謀な平民が、そうした身の程知らずはどう対処すべきか…ギーシュは至極まっとうな貴族の思考の結果にたどり着いた。 「ほう、それでは何かね?君はこういった事態になると分かっていながらモンモランシーに香水壜を渡したというのかね?」 「流石にここまでとは思いもしませんでしたがね。俺としては、大事な贈り物を落とされた彼女からちょいとお小言を貰う程度だと思っていたんだが。まさか二股かけているとは思いもよらず…いや、誠に申し訳ない。」 「なるほど、どうやら君は躾がなっていないようだね。いいだろう、そこのメイドの分の躾は勘弁してあげるよ。その代わり君には2人のレディの心と、僕と彼女達の名誉を傷つけた詫びをしてもらおうじゃないか。」 ヒューは呆れていた、未熟といえばそれまでなのだろうが。ここまで自分に都合が良い思考展開ができるのは、一種の人格障害かアッパー系のドラッグでもキメている状態としか思えなかったからだ。改めてギーシュの目を見てみるが、ドラッグ特有の瞳の濁りは見受けられい…となると人格障害という線が濃厚になってくるが、そこまでとなると最早カウンセラーが必要になるレベルだろう。 対するギーシュといえば、黙り込んだヒューを見て満足感に浸っていた。ようやくこの田舎者の平民にも貴族に逆らう事の恐ろしさが分かったと見える。しかしここで許しはしない、この平民にはモンモランシーとケティに詫びてもらわねばならないのだ。流石に2人との関係を元通りにはできないだろうが、少なくとも2人の傷ついた心は幾許か癒されるだろう。その後はこの平民に躾をしてやろう、大体この平民の主であるルイズからして僕達に迷惑をかけまくっているのだ、彼女自身に手を 出せない以上、この平民を使って日頃の鬱憤を晴らさせてもらうとしよう。 「どうしたね、今更自分がした罪におののいても許しはしないよ。そうだな、まずは「すまないが」何だね!さっきから人の話を」 「得意になっている所すまないんだがミスタ…、面倒だなギーシュと呼ばせてもらうぞ。話を聞いていると俺やシエスタがギーシュ、君や君に二股をかけられていた女性達に詫びる必要性は感じられないんだが?」 「な!話を聞いていなかったのかね君は!」 「いや、聞いていた。だからこそさ、俺があの時渡さなかったのは友人達からからかわれるのが恥ずかしかったんだろうという考えからだった。流石にあの時点で、君に彼女であるところのミス・モンモランシにばれては困る秘密があるなど思いもしなかった。 それとも君ならアレだけの情報でそこまで推測できると? 第一、二股をかけたのは君だろう。なら詫びるのは俺やシエスタではなくギーシュ、君であるべきだ。断言するが俺やシエスタが彼女等に詫びた所で以前の関係には戻れないし「もういい!」っと」 「何と、何と無礼な平民だ!せっかくこの僕が穏便に済ませてやろうと思って慈悲を示してやったのに!貴族を呼び捨てにするのみならず、説教まで!よかろう、そこまで貴族を愚弄するというのであれば。貴様が愚弄した貴族の、いやメイジの力というものをその身に刻んでくれる!決闘だ!」 ギーシュの常ならぬ怒号に食堂が沸いた。 ギーシュは「ヴェストリの広場で待つ!逃げるなよゼロのルイズの使い魔!」と言って食堂を後にする。 それを見たヒューは、少しからかい過ぎたかと反省してシエスタに広場の場所を聞こうと。見てみると何かあったのかシエスタの顔色は真っ青で身体はガタガタと震えていた。 「どうしたシエスタ。風邪で「こ、殺されちゃいます!」は?」 「ヒューさん、貴族を本気で怒らせたら…」 そこまで言うと、シエスタは泣きながら走り去っていった。 シエスタが走り去って行くのを見送ったヒューは、改めてルイズに広場の場所を聞こうとルイズの元に進む。 歩いているヒューにキュルケとその友人らしい少女が近付いてくる。キュルケの表情は心配半分、好奇心半分という感じだ。 「よう、キュルケ。」 「よう、じゃないわよヒュー大丈夫なの?ギーシュあんなに怒らせちゃって…。 貴方が住んでた所がどういう場所か知らないけど、貴族に勝てるの?」 「さあ、何とかなるんじゃないか?見えない場所から襲撃されるわけじゃなし、目の前ならなんとでもしようがあるさ。」 「あら、大した自信だこと。安心しなさいな死にそうになったら止めてあげる、その前にルイズが出張ってくるだろうけどね。」 「そいつはありがたいね。 ルイズ、ルイズお嬢さん、ちょいと聞きたいことがあるんだけどいいかい?」 と、ルイズの席近くに来たヒューは彼女に話しかける。 考え事をしていたらしいルイズは、言葉だけでは気付かなかったのか、肩を揺さぶられて初めてヒューとその後にいる2人に気が付いた。 (キュルケを見た途端、眉間に深い皺が寄ったが) 「何?ヒュー、昼休みの終わりまでまだ時間があると思うんだけど…あら?妙に閑散としてるわね。」 そろそろ、昼休みが終わるのかとヒューに聞いた後、常ならぬ食堂の雰囲気に首を傾げる。 周りを見回す主にヒューは何でもないかの様に会話を始める。 「ああ、何でだろうな。ところでヴェストリの広場って何処か分かるかい?」 「ヴェストリの広場?分かるけどどうして?」 「ちょいと野暮用でね、親切な貴族が色々教えてくれるらしい。」 「ふーん、まあいいわ。食事も終わったし散歩がてら案内してあげる、ついてらっしゃい。」 「悪いね。」 その主従の会話を聞いていたキュルケは呆れるしかなかった。決闘の“け”の字も口に出さない使い魔もだが、今までの騒動に気が付いてもいなかったルイズには呆れを通り越して感心すらしていた、これだけのの集中力を発揮するメイジはスクエアにもそういないはずだ。 それだけに、この少女が魔法を使えない事を残念に思っていた。彼女が魔法の才を開花させていたならば、どれ程のライバルになれただろう。きっと、すぐ隣を歩いている読書の虫の少女と同じ位のライバルになれたにちがいない。 ヴェストリの広場が近付くにつれ、生徒達のざわめきが聞こえてくる。何せ貴族の子女を集めた全寮制の学院だ、王都までの距離もそれなりにある為、娯楽にも乏しく若い好奇心は常に飢えていた。 そんな彼らの娯楽は大体異性や魔法の力に向いていく。しかし今日は違う、滅多に見られない決闘なのだ、相手は平民とはいえ“あの”ゼロのルイズの使い魔の平民である、毎日魔法の練習と称して爆発を繰り返す迷惑な公爵家の娘の使い魔だ。 流石にルイズ自身には手は出せないが、使い魔となれば話は別だ。ついでに平民である、幻獣や猛獣ならあるいは…という事もありえるが何の力も持たない平民なら負ける事は無い。 そう、これは結果が見えた安全なレクリエーション。残酷な見世物だった、ここに集った貴族達は一部を除いて平民の使い魔が血みどろになって許しを請う場面を見に来ただけなのだ。それは決闘の当事者でもあるギーシュとて同じだった。 (ふむ、今考えると色々と大人気なかったかな?まぁいい、ここはゼロのルイズの代わりにあの平民を躾てやろう。 手足の1,2本も折ってやって土下座位させてやれば見物に来た皆も納得するだろう。 そうそう、ケティには申し訳ないけど今度の虚無の曜日にはモンモランシを連れて王都に買い物に行こう。いや、それよりもこの決闘が終わったら許しを請わなければなるまい。…あああ、思い出したらますます腹が立ってきた。) 「来たぞ!ゼロのルイズの使い魔だ!」 「ルイズも一緒なんだ、あれ?キュルケとタバサもいる。」 「珍しいなあの2人が来るなんて。」 「しかし、あの平民のおっさん見れば見るほど変な格好だよな。」 ヴェストリの広場に来た4人はルイズを除いて平然としていた。ヒューは飄々としており、キュルケは呆れ気味、タバサに至っては本から顔を上げようともしない。 しかし、残る1人…ルイズはというと…困惑していた。元々このヴェストリの広場は学園の西側に位置する為、日があまり差さない=人があまり寄り付かない場所だった、それなのに何故ここまで人が溢れているのだろう。 改めて広場を見ると、そこにはギーシュが立っていた。頬に赤い手形がある所をみると、またモンモランシーと揉めたのだろう、懲りない男である。となると、ヒューが言っていた“親切な貴族”というのは彼の事なのだろうか? …おかしい、変だ、ありえない、だってギーシュなのだ。自分を薔薇とか言って、制服も変な改造をしている、女誑しの貴族。 そう貴族なのだ、ヒューは男である、女ならもしかしてありえたかもしれないが、ギーシュが平民の男に世話を焼くとは到底思えない。 そういえば私はヒューがどういった経緯で“貴族の親切”とやらを受けるようになったのか知らない。嫌な予感がする、片や貴族を敬わない平民、片や女好きの貴族(手形付き)。意を決したルイズは恐る恐るヒューに尋ねてみる事にした。 「ね、ねぇヒュー?そういえば私、貴方に色々と教えてくれるっていう貴族の事を何も聞いていないんだけど…。 どういった経緯でそうなったのか教えてくれる?」 「ん?ああ別に大した事じゃない。 落ちていた香水壜を製作者に渡したら、それが元で持ち主の二股が発覚してね」 「あー、もう良いわ大体分かったから」 「そうかい?それは良かった、じゃあ行ってくる。」 「ちょ!ちょっと待ちなさい! いい?平民は貴族に決して勝てないの、悪い事は言わないから謝りなさい。何なら私も一緒に謝ってあげるから、いい「それはだめだ」 何でよ、主が謝れって命令してるのよ?いいから謝ってきなさい。」 「ルイズお嬢さん、お嬢さんは自分が悪くないのに謝れるのかい?それが君がいう貴族ってヤツなのか?」 「それとこれとは「違わないね」な!」 「俺はこの間までロクでもない生き方をしていた、ちょいとした薬を手に入れる為にまともなフェイトじゃあ引き受けない仕事も引き受けた、真っ暗な道を明かりも無しで歩いているようなものだったよ、そんな時一つの事件を解決したのさ。 その事件の最中、1人のイヌ…ここらでいう騎士とか衛視みたいなもんだが、ソイツとソイツの部下達が犠牲になった。まぁソイツも大概な悪党だったんだが最後に真実ってヤツを明かす為に自分のスタイルを貫いたのさ。」 「で?何が言いたいのよ。」 「ここで謝ったら俺のスタイルを貫けなくなるって事さ、ついでに言えばあの世で旦那に焼かれちまう。」 ルイズはヒューの言葉を考えた、スタイル…多分これは生き様という意味だろう。それを自分に当て嵌めてみる、自分は貴族だ。確かに魔法は使えないだろう、だけど生まれてから今まで“貴族たれ”と育てられたしそう生きてきた、これからも“貴族として”生きるだろう。 ならば“貴族らしく”生きる事が自分のスタイルだ。例え魔法が使えなくても、例えゼロと馬鹿にされても自分はこの道を歩くだろう。ならば私はヒューの生き方を、スタイルを妨げる事はできない。 それは、ある意味自分に貴族である事を辞めろと言う事に繋がるだろうから。 「分かった、もう止めないわ。 けど死にそうになったらアンタの意見なんて聞かないわよ、何としても止める。それが私のスタイルだから。」 「そいつはニューロだ。 じゃあ俺もゴーストステップのハンドルに相応しく、2秒で片付けてくるさ。」 そう言うとヒューは、3人から離れて広場に向かう。目の前には恐らくバサラであろう少年、周囲には笑いを浮かべた魔法学院の坊ちゃん嬢ちゃんといったエキストラがひしめいている。トーキョーN◎VAから遠く離れた異界で、ヒュー・スペンサーはスタイルを貫く為の舞台に立つ。 時間を少々巻き戻し、所を変えてここはトリステイン魔法学院の学院長室。オールド・オスマンなる老メイジの執務室。 しかし、今この場で繰り広げられている光景は、そういった重々しい外聞とはかけ離れた光景だった。 「痛い!ごめん!許して!もう、もうしませんから!」 情け無い老人の悲鳴と共に、重々しい打撃音が響き渡る。打撃音を出しているのは妙齢の美女の手足だった、その両手両足はオスマンの身体の急所を的確にかつ、仕事に支障が出ない程度に痛めつける。しかも服に隠れて見えない部分ばかりを狙うという周到さだった。 「あたた、ひどいのうミス・ロングビル。いたいけな老人にここまでの暴力を振るうとは。」 「セクハラが酷いようだと王宮に報告すると以前から言っているのに、収まる気配が無いからですわ。」 「はっ!王宮が怖くてセクハラが出来るか! そんなんじゃからミス・ロングビルは婚期を逃すんじゃ!」 そう言いつつオスマンがロングビルの腰に手を伸ばそうとした瞬間、足から駆け上ってきた激痛に悶絶し足を凝視する。見てみると、ロングビルの踵がオスマンの布靴に包まれた足の小指を踏みつけている。しかも、ゆっくり捻る様に踵を捻っているのがオスマンの目に飛び込んできた。 最早、オスマンには悲鳴を上げる程の余裕も無く。ただただ、激痛に身悶えるしかなかった。 そんな時、慌てたようなノックの音と共に1人の教師が学園長室に入って来る。 「オールド・オスマン!大変です!」 「何じゃね、ミスタ…あーミスタ…「ミスタ・コルベールですわオールド・オスマン」おおう、すまんすまん。 ミスタ・コルベール、慌しい。もうちっと落ち着かんか。」 コルベールが学園長室に入室した時、オスマンとロングビルはそれぞれの仕事に就いていた。 「こ、これは申し訳ない。しかし、一大事なのです!」 「そういう風にしておっては全てが大事じゃ、まずは落ち着いて説明せい。」 「ではまずこれをご覧下さい。」 「これは…『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか、またぞろ古臭いものを持ち出して来おったのう。で?これがどうかしたのかの?」 「では次にこちらのスケッチをご覧下さい。」 いぶかしげな表情のオスマンに一枚のスケッチを差し出す。 「ミス・ロングビル。少々席を外しなさい。」 ミス・ロングビルが席を外した事を確認すると、オスマンは改めてコルベールに問う。 「ミスタ・コルベール、どういう事か説明してくれんかの。」 そうして大体ヒューとルイズがヴェストリの広場に着いた頃。 コルベールは前日に行った、使い魔召喚の儀式から始まる一連の流れを説明し終わった所だった。 「ふうむ、君はその“ヒュー・スペンサー”なる人物に刻まれたルーンが気になって調べてみた所。始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いたと…。」 「ええ、そうです。これは一大事ですぞ学院長!現代に蘇った『ガンダールヴ』!早速王宮に知らせて指示を「それには及ばん」は? な、何故ですか。」 「ルーンだけで決め付けるというのは早計というものじゃろう。」 「そ、それはそうですが…。」 「この件に関しては、一時ワシが預かる事にする。よいな、他言無用じゃぞ。」 「了解しました、オールド・オスマン」 そうして、ヒューに刻まれたルーンの一件に決着が付いた頃。執務室の扉からノックの音が響いた。 「誰じゃ」 オスマンの言葉に応えたのは先程、この部屋を出て行ったミス・ロングビルだった。 「私です、オールド・オスマン」 「ミス・ロングビルではないか、何事じゃ?」 「ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起きています。 教師達が止めに入ろうとしているようですが生徒の数が多く止められない様です。」 ミス・ロングビルの報告にオスマンは苦虫を噛み潰した様な表情になる。 「全く、貴族の糞ガキ共が。暇を持て余した貴族程、度し難い生き物はおらんわい。 で、騒ぎを起こしておるのは誰じゃ。」 「1人はギーシュ・ド・グラモン」 「グラモンの所の馬鹿息子か、大方女絡みじゃな? で、もう1人は」 「ミス・ヴァリエールの使い魔の男性です。 いかがいたしましょう、教師達は“眠りの鐘”の使用を要請しておりますが」 「いや、ここは監視に留めておくように。 広場の様子はこちらで確認しておく、生死に関わるとワシが判断したら秘宝を使う事とする。」 「承知しました。」 そうしてミス・ロングビルの気配が離れていく、恐らく教師達に一連の報告をしに行ったのだろう。 オスマンとコルベールが顔を見合わせた後、部屋の隅にある大きな姿見に向かってオスマンが杖を振る。 するとどうであろう、そこにはヴェストリの広場の状況が映し出されたではないか。 「伝説が蘇ったか、それとも唯の偶然か見てみるとしようかの。」 前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ
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トリステイン魔法学院。 中央塔の大講堂にて… 「ブチャラティさんは、ここの授業が面白いんですか?」 ギーシュが眠そうに、座っている男に向かって立ち話をしていた。 午後一番の授業のため、頭より腹に血が回っているのだろう。 「いや、なんと言うか、興味深い。俺自身は、あちらでは小学校までしか行ってないからな」 「ブチャラティは小卒だったのか。なんだか意外だな」 ブチャラティと岸辺露伴が教室の最後尾にある椅子に座っている。 彼らのために用意された椅子の前には、他の学生たちと同じように、机があった。 「それで、今日は何の講義なんだ?」 一段前に座っていたルイズが振り返り、その質問に応じた。 「今回はミスタ・ギトーの『魔法の系統基礎』よ」 「そういえば、ルイズ。君はゼロ(虚無)の系統だったな」 「はいはい……」 ルイズがうわべは気にもしない様子で応じる。私もこのロハンの応対に慣れてきたのかしら、などと考えながら。 以前はゼロといわれただけでとてつもない屈辱を感じたけど…… 「おい、露伴。あまりルイズにゼロゼロいうな」 フォローしているつもりなのかしら。 でも、ゼロといった回数はブチャラティのほうが上ね。 悪気は無いようだけれど、覚えておきましょう。授業が終わった後が楽しみだわ。 あら?私って、こんなに意地が悪かったかしら? ルイズがそんなことを考えている間に、講師が講堂に入ってきた。 ギーシュがあわてて自分の席に向かう。 「それでは講義を始める。本日は最強の系統の話だ……」 『疾風』の二つ名を持つ講師が不精に話を始めていた。 彼の名はミスタ・ギトー。生徒たちにはあまり好かれてはいない。 なぜか? それは彼自身の授業の内容にある。 授業がつまらないのは学院教師共通の問題だが、彼のそれは一味違っていた。 「ミス・ヴァリエール。最強の系統は何かね?」 「虚無です」 ギトーはいらだたしく眉をひそめた。 「伝説の話をしているのではない。現実的な答えを聞いているのだ」 「『風』と答えれば満足でしょうか?ミスタ・ギトー」 彼は口調に秘められた皮肉に気づかない。心の内で、ルイズの内申をあげてやろうと考えていた。 「その通りだ。だが、諸君らの中には納得していないものがいるな」 「たとえば、ミス・ツェルプストー。君は違うようだな」 「はい」 キュルケは礼を失わない顔をしながら、確信した様子で返答した。 彼女にとって、ギトーには何の悪感情を抱いていないが、自分の『火』系統に対する自負は誰にも負けない。 「では、君が最強だと思っている系統の魔法で、私を攻撃したまえ。」 「いいんですか?ミスタ・ギトー。私は手加減はできませんわ」 「かまわん。君の二つ名『微熱』が冗談でないのならな」 キュルケから微笑が消えた。 呪文を唱え、杖を振ると、彼女の目の前に1メイルはありそうな火の玉が出現した。 それを教壇に立つギトーに投げつけるように飛ばす。 ギトーは実をかわすそぶりも見せず、杖を一振り。 烈風が舞い上がり、炎が消え去る。ついでにその向こうにいたキュルケを吹っ飛ばした。 破壊的な速度で教室の壁に頭から突っ込む。が、鍛えられた男の腕により彼女の体はしっかりと受け止められていた。 「大丈夫か?」 「あ、ありがとう、ダーリン」 いつの間にかブチャラティが立ち上がっていた。 ギトーはその様子を見ることも無く講義を続ける。 「諸君。今見たように『風』はすべてをなぎ払う」 ブチャラティがゆっくりと教壇に向かっていく。 キュルケは、彼の背中に、鬼気迫る迫力を感じていた。 「『風』が最強たる理由はこのほかにもある」 「ユビキタス・デル・ウィンデ…ん、なんだ?君は、下がりたまえ、使い魔風情が」 彼はそれを無視して歩き続けた。 ミスタ・コルベールは、いつも自分の額が跳ね返す太陽の光のような陽気さで学院内を歩いていた。 今日の授業はすべて中止である。なぜなら、王女が学院に来訪したからだ。 「生徒たちも喜ぶことでしょう」 そうつぶやきながら、彼の歩きはますます早く、講堂に向かっていた。 通常なら、王女がお忍びで来院したぐらいで授業の中止はない。 だが、学院長のオールド・オスマンはこの機会に乗じて『使い魔の品評会』を行おうとしていた。 決して王室尊崇の志を発揮したわけではない。 要するに、一々会場や応接を手配するのが「めんどくさいワイ」というわけである。 彼の無精は、ミス・ロングビル、もといフーケが捕まったころから酷くなっている。 「生徒の皆さんはこの格好をステキと思ってくれるでしょうか?」 コルベールは、一般的に見て珍妙な格好をしていた。 その『一般』に彼自身は含まれていない。 変なロール(コロネ?)のついた金髪の鬘をつけているため、彼の地毛は見えない。 また、ローブにはテントウ虫のブローチがついており、胸の部分がはだけている。 「みなさ…ん?」 コルベールが教室の中に入っていったが、誰も反応しない。 それどころか、教室中の生徒が静まり返っている。 生徒の雑談が全くない。 彼自身の授業中では一度も実現できなかった静寂だ。 「あは、は、ははは…」 いや、ミス・ヴァリエールが時たま乾いた笑い声を出している。 教壇にはミスタ・ギトーの『首』が生えている。 正確には置いてあり、それに向かってブチャラティが説教をしていた。 時たま、手に持ったメイジの杖でギトーの額をハタいている。 その近くにはミス・ツェルプストーが立ちすくんでいる。 「キュルケもだ、室内であんなに大きな炎を出して…周りに迷惑がかかるだろうが」 「そ、そうね。ごめんなさいダーリン。私少し感情的になりすぎちゃったわ…」 「問題は君だ。ギトー。」 「学生を挑発した挙句ふっとばすだと?怪我をさせたらどうするつもりだ?何を考えている!」 「わ、私はいったいどうなたんだ?!」 目のおびえの様子から察するに、彼は自分の置かれた状況が理解できていない様だ。 「人の話を聞けッ!」 ブチャラティはそう叫んで、今度は頭部を『縦』に分けた。 つまり、前列の生徒たちは…… 生きている人体標本の頭部断面をじっくりと観察するハメになったわけで…… パタパタと机に突っ伏すものが続出した。 「グッ……オェ~!!」 「むっ!いいぞ、マリコルヌ君。その表情!リアルだ!」 「それに生きている脳なんてめったに見られるもんじゃない!」 ギトーは今何もしゃべることができないだろう。 鼻は何とかつながっているので呼吸はできるが。 「おまけにだ…君の話は『風』系統の自慢話ばかりだ。あんなものは『講義』とはいえない。君は教育者としての自覚があるのか? そんなに自分の系統に自慢があるのならば、なぜ破壊の杖捜索に志願しなかった?」 ぺチン。 ギトーの杖と彼の額が間抜けな音を奏でる。 その杖はおそらくミスタギトーから取り上げた杖だろう。 ミスタギトーの『首から下』が、教壇の下に転がっている。もがいているが、仰向けになっている。 そこから移動できていない。 コルベールは意を決して、教室の教壇へと進んでいく。 「み、皆さん!本日の講義はすべて中止です!」 「えー……皆さんにお知らせです」 彼はのけぞって、教室の静寂を取り除こうといっそう声を張り上げた。 その拍子に頭にのせた馬鹿でかいカツラがとれ、彼本来の、光の反射しやすい頭皮が見えた。 「す、滑りやすい」 タバサが、自分の頭をなでながらつぶやいた。 「……」 「……」 「プ…プププ、クックック。ハハハハハハハ!」 露伴が笑い始める。 「フフフ…」 「ハハッ!」 それにつられて、学生たちも笑い始めた。 「ええい、黙りなさい小童共!貴族はそのような笑いをするものではありません!」 彼の剣幕により、教室内はまたもや静寂に包まれたが、身が切れそうな冷徹な雰囲気は霧散していた。 「皆さん、恐れ多くも、アンリエッタ姫殿下が……」 皆がコルベールに率いられ、教室を出て行く。『品評会』の準備をする為だ。 気絶した連中も、コルベールが「レビテーション」の魔法で医務室に連れ出した。 「どうしよう、まだまだ先のことだと思って、何の対策も練ってないわ……しかも姫さまがご覧になるなんて。なんとかしないと……」 ルイズが上の空で教室を出、自分の部屋に向かっていった。 ブチャラティ達がその後に続く。軽快な会話と共に。 「ダーリン。さすがにやりすぎじゃないかしら?」 「いや、ブチャラティさんのやることにお間違いはない」 「ギーシュ、さすがにそれは買いかぶりすぎだ……」 「ムーー!!」(私はどうなっってしまったんだ?) ギトーは元の体に繋ぎ直されていた。 しかし、その代わりに、『お口にチャック』をされていた。リアルで。 そのような光景を見ることも無く、未だ教室内から動こうとしない者達がいた。 その二人は無言で向かい合う。心なしか目元が暗い。 「タバサ……ナイスガッツ」 「グッドフォロー、ロハン」 「…」 「…」 ピシ! ガシ! グッ!グッ! 太陽が、学院全体を明るく照らしていた。
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前ページ次ページゼロの黒魔道士 クジャの言葉に空気が重く冷たくなる。 教皇さまの顔が笑っていない。 そりゃ、そうだよね…… いくらなんでも、無理があるもの。 教皇様が、6000年前にブリミルって人を裏切った…… フォルサテ、その人だなんて。 ゼロの黒魔道士 ~第六十五幕~ そして舞台の幕が開き 「――おやおや、どうされましたか?裏切り者のフォルサテ様? 仮面が――おっと、失礼をば!御尊顔のお色が、お優れではあそばれませんようで?」 クジャが大げさな身振りをする度に、 もったいつけた言い方をする度に、 ピリッとした視線を感じたんだ。 「何でもございませんよ――ただ、少々驚きましてね。 我ら教会の祖となられたフォルサテ様と、私ごときを重ねてくださるとは、 身に余る光栄ではありますが……若輩には過分なお言葉で、戸惑わざるを得ませね」 無理に、そう無理矢理にって感じで、教皇さまが笑顔を作った。 なんだか、怖い。 人では無いような……そんな笑顔だった。 「ふふふ……流石は老獪なる猿芝居!ベテランの域としか言いようがありませんね! ですが――いささか、立ち回りの端々がカビ臭くていらっしゃる! 熟成も通り越して犬も食べないよ! 千年紀を六度も経ますと、落ちた演技力を隠しきれなくなりますのでしょうか?」 クジャはそれを気にしない。ちっとも、気になんかしていない。 相変わらず芝居がかった調子で、教皇さまを挑発するように続けている。 「――なるほど。貴方はお芝居がお好きであられるようだ。 今お語りになられているのは、さしずめ新進気鋭の作家の台本なのでしょう? ――私も芝居は嫌いではありませんよ?世俗を理解するのには丁度良い」 教皇さまも、無理に相手するのをやめたみたいだ。 後ろに控えている男の子に、一瞬だけ視線を送った。 「クジャの言動、変だね」って言ってるような、そんな軽い感じで。 「いえいえ、ただ今、物語っておみせいたしますは、貴方様の描かれた一大長編! 『永遠の命』を得たフォルサテという男の大芝居でございますのに! ――あぁ、失敬。 閉幕次第では駄作になられるかもしれませんので、傑作とまで評できぬことはお許しを――」 舞台の前口上だって、ここまで盛り上げないような調子だった。 『永遠の命』……あり得るのかなぁ、そんなの…… 「『永遠の命』?フォルサテ様が、『永遠の命』?これはおもしろい設定だ! 貴方が描かれた台本なのでしょうか?奇抜でおもしろいお芝居のようですね。 ただ、個人的には笑っていられますが、教会としては異端と断ずる他無く、冗談にもなりませんね」 でも、教皇様も笑って無かった。 暗く濁った気持ちを、無理矢理笑顔で押し隠している それがはっきり分かる。 「冗談?ふふっ!そうだねぇ。『永遠の命』なんて、お伽話にしかならないさ! ――だが、近づくことはできる。小道具を使えばね!そう例えば――」 クジャが言う言葉を、選ぶようにじっくりと間をためた。 「『始祖の聖杯』――などはいかがでしょう?」 「――ほう」 ピシッと、空気が凍りつく。 さっきまでとはまた違った緊張感が、辺りを支配する。 空気が、ただ冷たいものから、重さのしっかりある剣に変わっていく。 「考えたよねぇ。『肉体が滅びてしまうならば、血と記憶を残せば良い』…… ナイツ・オブ・ラウンドの伝説よろしく、それを実践される方がいらっしゃるとは思いませんでしたが」 血と記憶を残す? ……それが『永遠の命』っていうこと……? 「それで?」 先を促すように、教皇様が言う。 もう、笑顔を作ることすらやめたみたいだ。 ……怖い。 理由は分からない。 全くの無表情なのに……怖いんだ。 「――むかしむかし、ある所に、『永遠の命』を欲した野心溢れる男がおりました――」 「今度は、童話ですか」 クジャの語り出しに、教皇さまが冷たい視線を送った。 「英雄と呼ばれた男の弟子になれば、『永遠の命』を手に入れることができる―― 欲深き男は、巧みに英雄に取り入り、何年も、何年も我慢しました。 やがて、歓喜の渦が彼を包み込みます。『永遠の命』、それを得る術をついに知った! だが、男はそれで満たされませんでした……欲深いことにそれを一人占めしたくなったのです」 これって、ここまで来るときに聞いた『ゲルモニークの手記』の内容だよね? 物語が、簡潔に淡々と語られていった。 「――……」 教皇さまは口をはさまない。 聞くことに徹するみたいだ。 もちろん、ボク達も何も言わない。 言えない、だけかもしれないけれど…… クジャの声だけが、ピンッと張った空気の中響いた。 「男の企みは成功しました……男は、英雄の全ての力を自分の手にした――そう思っていました―― ふふ。ここからがこの物語のおもしろいところだよねぇ?フォルサテ様?」 教皇さまに笑顔で感想を求めるクジャ。 「――どうでしょうか?」 それに無表情のまま答える教皇さま。 「お気に召さないですか?――それでは、欲深き男がどう死んだかは割愛いたしましょうか? 悲惨な末路は何度も見聞したいものではございませんでしょうし、ねぇ?」 クジャがお構いなしに教皇さまに笑いかける。 教皇さまはちょっと冷たい目を向けるだけだった。 「男の肉体は、結局滅びる運命にありました。『永遠の命』は肉体までを永らえませんでした―― さぞ、苦しかったでしょうねぇ?魂や感覚がはっきりしているのに、身体だけが朽ちるというのは」 構わずに、続けるクジャ。 ……記憶や魂が残っているのに、身体が死ぬ…… うーん、『永遠の命』も完全ってわけじゃないんだなぁ…… すっごく痛いんだろうな、肉体だけが死ぬって…… 「さて、しかしながら男は考えたのです。ここで死んでなるものか、と。 必ずや力を、『永遠の命』を手に入れてみせると。 そこで目をつけたのは、インテリジェンス・ソード――記憶を物体に宿す業」 インテリジェンス・ソードって……デルフのこと、だよねぇ? 「記憶を……?」 「……」 デルフは、しゃべらない。 なんか、ブラックジャック号でここまで来た辺りから、ずっと静かだ。 ……記憶を物体に…… デルフ、誰かの記憶を持っているの……? 「男は、英雄の遺物から、粗末な金属の杯を選び出しました。 杯に注いだ物は毒よりも黒い男の記憶――」 クジャの話はいよいよクライマックスみたいだ。 声に力がこもっていく。 「さらに、英雄を奉る教会までも作り上げました。英雄を『始祖』と崇める神の祠です…… 実に巧妙でした!男は、自分が殺した英雄の名で、自分の記憶を安寧な場所に守ったのです。 そう、黒い記憶が杯から溢るる、その時が来るまで――」 自分の記憶を、『聖杯』っていうのに閉じ込めて……そんなこと、できるんだ…… なんか、すっごく気の長い話だと思う。 そこまでして、生きたいものなの? 「――我儘で欲深な男は待っていたのです。英雄の『血』が、自らの記憶に触れるのを…… 『虚無』の力と、己の記憶が結びつき、英雄の力を今度こそ全て手に入れる機会が訪れることを……」 クジャが、話を締めくくった。 それはまるで、指揮者が音楽を締めくくるように、静かに、余韻をたっぷりと残して。 「……フフフ――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」 一瞬の間の後、張りつめた空気に笑い声が轟いた。 教皇さまが、猛獣のような声で笑いながら、拍手をしていた。 乾いた手の音が、ビリビリと響く。 「ご清聴、感謝いたします ――間違いがございましたら、ご指摘願いたいのですが?」 一礼をしながら、クジャが聞く。 「いやいや異世界より参られてよく調べた、と――だが―― 一点、私が欲深い?我儘?その点は否定したいね」 拍手をやめた教皇さまには、笑顔が浮かんでいた。 最初みたいに、作った笑顔なんかじゃない、もっと獰猛な…… 牙を見せる狼のような、そんな笑顔。 ぞぞぞって感覚が、笑顔を見るだけで感じる。 「私は、仮にも聖職者を名乗っていてね? 君が言うように自作自演ではあるが、この役は気にいっていたんだ――」 スッと、広げた左手を前へ出す。 その仕草に、後ろに控えていた男の子が頷き、 指笛をふくような、そんな仕草をする。 「演じていれば、自然と慈悲深くなってね? それに、君と同じく芝居好きでもある――」 遠くで、笛の音が響いたような気がした。 空気が、凪ぐ。 『虹』の空が、一層禍々しく蠢く。 「――この芝居、君達だけに見せていてはもったいないだろう?」 教皇さま……フォルサテの動きに合わせて、『虹』が落ちてきた。 いや、『虹』じゃない。 これはもっと、重くて、大きくて…… 「な……」 「え、え、えぇええ!?」 「りゅ、竜!?こんなに沢山!?」 銀色の翼、凶暴に歪む顔、ごぉぉぉおおっていう突風に似たような唸り声…… 何体もの銀のドラゴンが、『虹』からヌルヌルと落ちてくる。 卵から生まれてきたみたいな、ヌラヌラとした粘液を撒き散らしながら。 それが、何体も、何体もブラックジャック号を取り囲んだ。 「ハルケギニア全体が舞台だよ!存分に楽しんでくれたまえ!」 「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHH!!!」 舞台の幕を上げるファンファーレのように、 フォルサテの声と、竜達の咆哮がが高く響いた。 ピコン ATE ~それぞれの戦い~ ACT 1:トリスタニア 『虹』は既にハルケギニアを覆いつつあったが、 多くの人々は未だ「変な天気」、とだけしか考えていなかった。 寒気を感じたとしても、この妙な天気のせいか気のせいであると決め付けた。 動物達と違い、人々はそこに宿る慟哭や憎悪を本能で感じてはいても、 理性でもって原始的な感覚を意図せず遮断してしまっていた。 だからこそ、チクトンネ街の片隅に開いたその『穴』を、気づいた者は誰一人いなかった。 例えいたとしたところで、次の瞬間には命を落としていたのだから意味は無い。 黒く蠢くその『穴』から飛び出した銀色のさざ波は、やがてトリスタニアの空を覆う。 僅かな血をしたたらせて、眩しいまでの剣色をした猛獣共が、あらゆる命を刈り取っていく。 その日、ハルケギニア北部の主要な街や村が、銀色の竜もどきの襲撃を受けた。 上空から見下ろす者がいたとするならば、その光景はさながら、 水銀がたっぷり入った器を地上に落したように見えただろう。 あらゆる人の住む場所が、蠢く銀の群れに飲み込まれていった。 人々は恐れ惑い、逃げる間も無く餌と化していく。 唸る銀竜共の前に、叫ぶ端から声が消えていった。 慈悲も無く、悪意も無く、 醜いまでに純粋な暴力が、地を蹂躙していく。 「アルクゥ、レフィア!急げ!」 恐れでも惑いでも無い声は、少年のもの。 勇ましさは無知から来るものか、はたまた小さき鎧姿に宿る責任感からか。 「ま、待って、待って、待ってよぉおぉ!!」 「な、何なのよ、アレ!何なのよっ!?」 「知らねぇよっ、俺バカだし!でもヤバそうだから急げ!ほら、そっち支えろ!急げ!」 獰猛なる竜どもの牙をかいくぐり、少年達は走っていた。 瓦礫となった通りを駆け抜け、倒れた母子あらばこれを助け、 灰塵と化した商店を乗り越え、燃える家屋あらば燃え広がらぬ努力をした。 だが、小さい彼らの、少なき手では、この街は守るのには大きすぎた。 「ルーネス!」 「イングズ!そっちはどうだっ!?」 「あっちこっちパニックだ!――くそっ! こんなときこそ俺達タマネギ隊がしっかりしなきゃならないってのに!」 「畜生!とにかく、みんなを安全な――」 タマネギ隊。 平民の少年達による、自衛のための組織。 周りの大人は『ごっこ遊び』と鼻で笑っていたが、 今現在トリスタニアで機能している組織は、彼らぐらいなものだった。 彼らは、懸命に働いた。 懸命に、働きすぎた。 「ルーネス危ないっ!!」 「ぅ、ぅわぁああああああああああああ!?」 他者を思うがあまり、 己に向けられた、銀竜の牙にも気付かないほどに。 ・ ・ ・ ACT 2:アクイレイア ハルケギニア南部、ガリアやロマリアといった地域では、また違った惨状が地に満ちていた。 『虹』が、天の上ではなく、地にまで満ち始めていた。 ある者は寒気に襲われ倒れ、ある者は発狂し叫んだ。 濃密なまでの『虹』。すなわち、人々の『魂』が可視化した存在。 これらの事実から、アクイレイアで発生している事象を推論することは可能であろう。 だが、その現実を許容できるか否かはまた別の問題である。 果たして彼らに思い描くことができたであろうか?美しき水の都が業火に食らわれる様などを。 果たして彼らに思い描くことができたであろうか?母が子を抱いたまま灰になる姿などを。 果たして彼らに思い描くことができたであろうか?今日この日にその身を散らすことを。 唯一の慰めは、それらが等しく全てを覆ったことである。 そこに貧富の差も、老いや若きの差も無かった。 健やかなる者も、病める者も、男も女も、全て等しく焼け焦ながら、 その『魂』を新たな『虹』の流れに持ち去られていく。 空気に漂うのは、微量な硫黄と鉄分が熱せられた匂い。 人体の大部分を構成する炭素と水分が燃える煙に混じった異臭。 魔学的研究を行っていれば、これ以上の悪臭は何度となく経験してきた。 「う……お……オェ……」 だが、それの意味する現実に、 机上の実験などではなく実在の都市の上で繰り広げられる惨状に、 エレオノールは嘔吐した。 「大丈夫ですか、団長さんっ!」 「だ、大丈夫……ですっ!!」 胃酸と涙を右手で思いっきり払い落す。 己の消化器官の障害など、目前の惨状に比べればマシな方だ。 「酷い、鼻がもげそう……」 同僚が言わずとも、鼻はまだ正常だ。 まともであることが、辛い。 一歩踏み間違えば、狂いそうになる。 あらゆる理屈を飲み込む炎は、見ている目の前から大きくなる。 「――街はもうダメだ、避難を急がせろっ!」 「水メイジは、延焼を防げ!土メイジは私に続いて、避難経路を……」 だが、ここで狂うことは許されない。 研究者の端くれとして。ヴァリエール家の者として。 「み、ミス・ヴァリエール!無理は――」 「大丈夫です!私は――大丈夫です!」 自分の部下達が、少しでも逃げまどう人々を助けようと奔走している中、 団長として、倒れているわけにはいかない。 燃え盛る炎と湧き上がる『虹』の中、エレオノールは自ら走りだした。 瓦礫の山から助けを求めるかのような黒ずんだ手が伸び、 生きている者ももう少なそうだった。 だが、エレオノールは諦めなかった。 一人でも、一人でも多くを助けなければ。 やがて、一人の少女の姿が目に映る。 ルイズと同じぐらいの年だろうか。 崩れ去った家の傍、うずくまっている女の子。 「……一人?ほら、手を――」 差し伸べた手は、激しい痛みで返された。 「……ぇ……?」 少女の手に握られていたものは、鎌。 血が、みるみる噴き出す。 見ると、瓦礫のあちらこちらから起き上がる影が。 人だ。手には、槍や銃や剣。 あるいは、鍬や棍棒……とにかく獲物を持っている。 救出に来てくれたことを歓迎している様子では無いようだ。 四方を取り囲む人々の、 ―いや、焼け焦げ爛れた彼らを『人』と呼べるのだろうか― 彼らの目に宿る光は皆無に等しく、文字通り、死の臭いに包まれている。 「ぃ……ぃゃ……き、きゃぁああああああ!?」 エレオノールの絶叫が、アクイレイアの淀んだ空にこだました。 ・ ・ ・ ACT 3:トリステイン魔法学院 トリステイン魔法学院は、そうした惨状からはまだ遠い場所にあった。 そもそもが夏休みで、人が少ないということが影響したようだ。 「――ダメね。そっちはいた?」 暗い学院の廊下に、大小2つの影。 特に大きい方は女性らしい丸みを帯びて、シルエットでもその色香が伝わってきそうだ。 「……」 小さい方はというと、それなりに均整は取れているが、失意に肩を落としそのの魅力を出し切れていない。 「その様子だと、いなかったみたいね……うーん、学院に戻ってたわけじゃない、か……」 「ギーシュ……どこ行っちゃったのよ、あの馬鹿……」 キュルケとモンモランシーは、オルレアンの領地から一足早く学院に戻っていた。 ビビ、ルイズ、ギーシュの姿が見えなくなっていたので、 あるいは学院に戻っていたのではないかと踏んだためである。 「ま、だーいじょうぶよ。あの手の男は、ひょいっと戻ってくるものよ」 経験豊富である、ということを良いことに、からかうように答えるキュルケ。 彼女には、特に不安というものは無い。 「――いい気なもんね」 一方で、恋人の姿が見えないことで、モンモランシーは沈んでいた。 湖の底より深く沈んでいた。 「信用してるってだけよ。貴女は信用しないの?」 信頼しているが故にキュルケは気にも留めない。 自分を信じ、友を信じている。 それが彼女の強さの秘訣だ。 「してるわよ!でも、心配なのっ!!」 一方のモンモランシーは不安そのものだった。 信じている。でも考えてしまうのだ。 頭が多少良いばかりに、最悪を想像してしまう。 それは彼女の弱みだった。 「はぁ――良い女ってのは、どんなときも堂々と構えているもんよ」 背を反らして大きい胸をさらに強調する。 自分の『女』というものを強調する術を、キュルケは確かに心得ていた。 「……あんたが無神経なだけじゃない?」 だが、それを見るのはモンモランシー一人。 別にそっちの気があるわけでもなく、女体の神秘にときめくわけではない。 ただ彼女が感じたのは、ごく僅かな『感謝』である。 一人だったら、恋人が行方不明という事態に耐えれるものでは無いだろうからだ。 「それだけ悪態つければ、大丈夫――え!?」 ふいに、キュルケの体が窓から飛ぶように離れる。 モンモランシーも、キュルケに突き飛ばされるような形で後ろへ下がった。 「な、何?」 「しっ!黙って!!」 何が何だか分からないといった表情のモンモランシーと、 唇に人差し指を当てるキュルケ。 「――どうしたってのよ?」 「――聞こえない?」 言われて、耳をすますモンモランシー。 微かに聞こえる、「ケロケロ」という怯えたような声。 「……?ロビン?」 使い魔。メイジと使い魔は、ある程度感覚を共有できる。 最も、常に共有しているわけではない。 そんなことをすれば、ずっと高速で空を飛びまわったり、暗い地面の底にいたりといった、 人間では耐えられぬ状況を味わい続ける羽目になる。 差し迫った事情でも無ければ、共有はしない。 暗黙の了解という奴だ。 それを承知で、ロビンが語りかけてきている。 それも尋常ではない怯え方で。 だが、特段何かが見えたりするわけではない。 何かの気配に怯えている。そんな感じだ。 「フレイムも、ね。おかしな天気だけど、それだけじゃ無さそ――う!?」 「ひやぁっ!?」 襲い掛かるは、ガラスの破片と炎の弾。 『ファイア・ボール』であると気付くのに、一瞬間が開く。 「っへぇ?――うははっ!夏休みなんざ、昔から退屈なだけで好きになれなかったが―― なかなか悪く無いな、えぇ?そうは思わないか?スポンサー様さまさまだな」 そのわずかな時間の空白を縫い、粗雑な風体の男が割れた窓ガラスを砕きながら侵入した。 白髪と顔の皺によって感じる加齢と、鍛え抜かれた肉体の若さがアンバランスに映る。 何より特徴的なのは、額の真ん中から左眼を包み頬まで伸びた火傷の痕だ。 男は侵入するなり、ギョロリとした眼で二人の『上玉』を品定めした。 「燃やし甲斐がありそうな獲物がいて感謝するぞ、えぇ? お嬢ちゃん方、俺様の鼻的に――んん~!大っ合格よ!」 うっとりするような表情での深呼吸。 それは獣じみた獰猛さを伴っていた。 「あら、お誘いが強引じゃ――ありませんことっ!?」 動いたのは、キュルケ。 伊達に何度も修羅場をくぐっているわけではない。 先だってエルフと死闘を繰り広げたことが、判断の早さを助けた。 迷わず、最大火力を解き放って不審な男にぶつける。 「いぃねぇ~!ますます俺好みだな、えぇ?」 だが、男は怯むことなく、それを軽々と跳ね返した。 杖も持たない全くの素手で。 「……なっ!?」 「うそっ!?」 モンモランシーもまた、僅かな水を足下へと這わせ、不審者の足止めを試みていた。 視界に入りもしないはずの攻撃が、軽々と避けられる。 そして、避けられたと感じた次の瞬間、モンモランシーは腹部に重い一撃を感じていた。 男性と女性の体格差を思い知るのに充分な、鳩尾への右ストレート。 魔力も何もこもっていない、ただの筋力による一撃が、これほどに重いとは。 そう思うこともできず、モンモランシーの体は完全に沈黙した。 「惜しかったなぁ、えぇ?目くらましと死角からの攻撃とは悪く無いアイディアだったが……」 その速度を、キュルケは見切ることができなかった。 仮にもトライアングルメイジであり、戦闘も同年齢と比べればこなしてきた方であるはずなのに。 彼女が目に捕えることができたものは、吹っ飛ぶモンモランシー。 次の瞬間、男の顔。 ミルク色に濁った瞳が、ニヤリと笑う口元が、彼女の視界を覆った。 キスができそうなほどの距離。 背には壁。 彼女の杖腕と喉元は一瞬で封じられた。 「貴方、もしかして、目……」 押さえられた喉から、声を絞る。 キュルケは気付いた。男の目が、一切の光を捕えていないということを。 義眼。男の両の目は紛い物であった。 「俺は瞼だけでなく目を焼かれていてな。光が分からんのだよ」 恋人にでもささやくように、耳元でそう告げる不審な男。 ぐっと身体を密着させられる。 「ど、どうして……」 様々な問いを含んだ「どうして」が、辛うじてキュルケの唇から読み取れる。 どうしてこちらの攻撃を回避できたのか。 どうして狙い違わず攻撃ができたのか。 そしてそもそも――この男は何者なのか。 「蛇は温度で獲物を見つけるそうだ」 例えの通り、爬虫類のように空気の入ったような笑い方で、男は答えた。 しゅるしゅるという音が、耳のすぐ横で聞こえる。 「俺は炎を使ううちに随分と温度に敏感になってね、えぇ? 距離、位置、どんな高い温度でも、低い温度でも数値を正確に当てられる。 温度で人の見分けさえつくのさ」 そう言って、男は捕えたキュルケの肢体を下から上まで、 舐めまわすように見た。まるで目が見えているかのように、じっくりと、ねっぷりと。 「お前、恐いな?恐がってるな、えぇ?」 そして鼻でもって思いっきりキュルケの体臭を嗅ぎ取る。 鼻腔を広げ、味わうように。 「感情が乱れると、温度も乱れる。なまじ見えるより温度はいろんなことを教えてくれる」 男の吐く息が、肌にじわりと触れる。 生温かさに、ぞわりと肌が粟立つ。 「嗅ぎたい―― お前の焼ける香りが、嗅ぎたい――」 小さな声で、キュルケの耳元で、男は己の願望を伝える。 その歪んだ欲望に、キュルケは凍えた。 「嫌……」 そう、声が漏れる。 それはベッドで唱えるような甘い肯定の言葉ではなく、 怯えきった、本来の意味での否定の意志。 まだ死にたくない。死ぬのは嫌だ。 嫌悪感に身をよじることすらできない。 恐怖に身が凍る。 人ならぬ者が持つ狂気に、キュルケは触れていた。 「あぁでもま、さっさと終わらさねぇとな――スポンサーさんのお芝居に付き合わなければ……」 ほんのわずかな時間、キュルケの杖腕が解放される。 男が自分の杖を取りだすためだ。 だが、そのわずかな時間を、キュルケは利用できない。 蛇に睨まれたカエル。 動く気力さえ、削がれているというのか。 「残念だぞ、えぇ?俺はじっくりと肉の芯まで焦がすのが好きだというのに、なぁ? っともちろん、普段はお望みの焼き加減は聞くぞ?――今回はそれもできないというのがイマイチだな」 手に持った杖で、ツツツっとキュルケの身体がなぞられる。 それに沿うように焼けつくような感覚が、さらに続いて鳥肌が立つ。 「俺の名はメンヌヴィル。お前は、――炎の使い手だな、えぇ?匂いで分かるぞ?」 キスをするように顔を近づける男。 今更名乗られても、しょうがない。 キュルケは、身動きのできないただの少女に成り下がっていた。 「今まで何を焼いてきた?炎の使い手よ、えぇ? 今度はお前が燃える番だ――」 皮肉なことに、首を押さえているために辛うじて立っていられるという状況で、 キュルケの耳元で死刑宣告がなされた。 前ページ次ページゼロの黒魔道士
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ギーシュとの一件から、学院の生徒達のアズマに向ける視線が、ほんの僅かではあるが変化していた。 ドジで間抜けな平民では無く、得体の知れない使い魔だ、と誰かが言い出し、それが定着した。 当のアズマは、そんな評価など知ったことかとばかりに、ルイズの使い魔として、へらへらとした顔をしながら日々を過ごしている。 「わたしが馬鹿にされてる時は、誰に何か言う事もなかったのに、どうしてメイドの時はあんなつっかかったのよ」 決闘を終えた日の就寝前、どうしてもその事に納得がいかなかったルイズは、意を決してアズマに尋ねたのだが、彼から返って来た意外な言葉に、その目を丸くした。 「おまえは強いからな」 どこか羨ましそうに自分を見るアズマに、それ以上ルイズは言葉を続けることが出来なかった。 それから、お互い言葉を交わすことも無く床に就いたのだが、アズマはなかなか寝入る事が出来ず、自分の言った発言を反芻しながら静かに呟いた。 「……ほんと、俺なんかと違って、ルイズは強いよ」 たった数日暮らしただけの間柄だが、ルイズの誇り高さとその勤勉さを、嫌と言う程アズマは目の当たりにしていた。 だからこそ思う。このまま自分は、ドジで間抜けなふりを続けていいものかと。 こんな臆病で弱虫なままでは、結果として自分を呼び出したルイズまでも貶めるかもしれない。 「雹、か。とっくに忘れてたと思ったのにな」 決闘の際に用いた己の技を思い、ふっとその顔に笑みを浮かべながら言う。 ――雹。銃などの飛び道具に対して素手で勝つ為に、その練習相手として生み出された彼の一族ならではの技。 広場に赴く前に、食堂から拝借したフォークでその技を行ったのだが、名を捨てる以前より、その技の切れは遥かに増していた。 「よく分からんなぁ」 その一言で考える事を放棄し、アズマは藁の寝床に背をもたれかけ、そのまま目を瞑った。 平穏な日々を送っていたアズマに転機が訪れたのは、それからまた数日が経ってからの事だった。 巷で話題を呼ぶ、貴族相手に巨大なゴーレムを使って盗みを働く一人の盗賊、土くれのフーケの登場が、事の発端だ。 彼女によって盗み出されたのは、学院に伝わる秘宝、破壊の杖と呼ばれる物だった。 その翌日、急遽編成された追跡隊の中には、ルイズの名前があった。彼女の熱心な志願により、最初は渋っていた学院長のオスマン氏も、ついには熱意に押されて参加を許したのだ。 最も、追跡隊と言ってもアズマを含め、たったの五人。それも五人の内三人が学院の生徒と来ている。流石のアズマもこの事態には頭を抱えた。ろくでもない大人達がいたものだと。 紆余曲折を経て、追跡に参加する一人、ロングビルが突き止めたフーケの潜伏先で彼らを待ち受けていたのは、巨大ゴーレムによる襲撃だった。 同行していたキュルケ、タバサによる魔法攻撃も歯が立たず、撤退も止む無しと思われた時、ただ一人ルイズだけが敢然とゴーレムに立ち向かい、杖を振っては失敗魔法による爆発をお見舞いする。 「止めろ、ルイズ! こんなのに敵いっこねぇ!」 「うるさい! 弱虫! あんたはそうやっていつだってのらりくらり逃げてるけどね、こっちは貴族なのよ! 誇りがあるの! 敵に背を向けるって事は、自分の名前を捨てるのと一緒なのよ!」 ゴーレムを目の前にし、その足を震わせながらも毅然と言ってのけたルイズに、アズマは心の中に刃物を突き立てられた様な気がした。 逃げ続けても、得られる物などありはしない。名を忘れたふりをして逃げ続けても、きっと自分は救われない。自分はあの小さな少女の半分の勇気も持ってはいない。 ――――だけど、 「きゃあっ!」 「ルイズ!」 ゴーレムの拳がルイズを掠める。掠めただけとは言っても、あれ程巨大な拳だ、人の身体を吹き飛ばす事など造作もなかった。 まるで人形の様に吹き飛び、傷ついたルイズの身体をアズマは咄嗟に抱きとめた。 「いい加減……本当の力を見せてよ……」 ギーシュとの決闘の際、アズマが見せたその実力の片鱗に、どことなく気づいていたルイズは、彼の腕の中で力無く呟いた。 アズマの中で何かが弾けた気がした。 ――――今、思い出してしまった。 「ちょっとアズマ!? あんたまで何してんのよ!? 逃げないと!」 「早く」 風竜、シルフィードに乗ったタバサとキュルケが、アズマからルイズを受け取りながら、同じくシルフィードの背に乗れと言う。 だが、アズマはにっと笑ってこう返した。 「大丈夫だよ。あれは俺が倒すから」 ――――『陸奥』という名前を。 身構えた瞬間、左手の甲に光が灯り、アズマは身体全体がまるで羽毛の様に軽くなった感覚を得た。そして、同時に金剛の如き力が身の内から溢れ出して来るのを感じる。 アズマは、彼の名を表す字、雷の如き素早さでゴーレムの足元に潜り込み、その拳を当てた。 「…………ッ!」 本来ならばこんな巨大な物、破壊出来るわけが無い。だが、今の自分ならば…… 拳にありったけの力を篭めて、それを開放する。 「やっぱり無駄よ!」 ゴーレムに変化は無い。目障りな足元の虫を踏み潰すかの様に、その巨大な足を下ろそうとした瞬間。 ――ゴーレムは内側から瓦解する様に崩れ落ちた。 「……アズマ」 怪我によって気を失う寸前、ルイズはアズマの姿を見てふっと微笑んだ。 アズマはそのゴーレムの姿を確認し、突き出した拳を構えたまま呟く。 「……陸奥圓明流奥義、無空波」 彼が本当の意味で、その名を取り戻した瞬間であった。
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歌が聞こえる。おそらく洋楽だ。どうして、そしてどこから聞こえてくるのかはわからない。 というよりもここは何処だろうか?あたり一面真っ白でそれ以外何も見えない。いや、ぼんやりとだが人影が見える。 歌はその人影から聞こえているように感じる。 She keeps Moet and Chandon in her pretty cabinet Let them eat cake she says, just like Marie Antoinette A built in remedy for Khrushchev and Kennedy And anytime an invitation you can decline Caviar and cigarettes well versed in etiquette Extr ordinarily nice ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~...(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~?) どうしてだろうか、サビが殆ど聞こえない。私の耳がおかしいのだろうか? To avoid complications, she never kept the same address In conversation, she spoke just like a baroness Met a man from China went down to Geisha Minah Then again incidentally if you re that way inclined Perfume came naturally from Paris (naturally) For cars she couldn t care less, fastidious and precis ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~~?) いや、おかしくはない。他の部分は聞こえる。どうしてだかサビの部分だけが聞こえないんだ。 人影をよく見てみる。 Drop of a hat she s as willing as a playful as a pussy cat Then momentarily out of action, temporarily out of gas To absolutely drive you wild, wild She s out to get you ~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~~?) その人影の右腕だけはやけにはっきり見えた。その腕は…… 意識の浮上を感じる。それと同時に体が何らかの影響を受け揺れているのがわかる。何だ? そういえば疲れて眠ってたんだったな。それにしても頭がうまく働かない。目を開けるとそこにはミイラ男の顔が至近距離にあった。 「うおおっ!?」 頭が覚醒し一気に跳ね起きる。しかし目の前にはミイラ男の顔! 「イタッ!」 「グベッ!」 当然のようにぶつかってしまった。い、痛い……、頭が覚醒してても事態は飲み込めてなかったようだ。 頭を手で押さえながらミイラ男を見ると顔を押さえながらうずくまっている。 そうだ、このミイラ男はギーシュだ。すぐに意識が覚醒できないほど寝ていたのか。 「おいギーシュ。大丈夫か?」 とりあえず声をかけてみる。 「な、なんとか大丈夫……」 ギーシュが顔を押さえながら立ち上がる。さすがギャグキャラだ。結構な勢いでぶつかったというのに丈夫だな。 「その顔の布切れ取っといたほうがいいぞ。格好悪いし、いつまで着けてる気だ?」 まったく紛らわしい。 「きみは謝るということを知らないのかい?せっかく夕食だから起こしてあげたのにこんな目に合わされたぼくに謝ろうという気持ちはないのかい!?」 ギーシュが顔を押さえながら怒鳴る。 「しかもぼくのこのセンスにケチつけるなんてきみの美的センスはどうかしてるよ!」 声からして割と本気で怒っているようだ。いつの間にか手に杖も持っている。 「……すまなかった」 とりあえず謝っておく。もし謝らなかったら危険な目にあう、そんな感じがしたのだ。 というかセンスはお前の方がどうにかしてるぞ。 「わかればいいんだよ、わかればね」 かなり屈辱的だ! ギーシュと一緒に1階に下りルイズたちと合流する。テーブルには料理と何本かのワインビンがあった。 ギーシュやキュルケが率先してワインを飲み始める。どうやら明日アルビオンに渡るから大いに盛り上がろうということらしい。 こいつら自分たちの命の危険を考えたことがあるのだろうか?いつ敵に襲われるかわからないのに酒を飲むなんて何を考えているのだろうか。 キュルケから酒を勧められたが断り早々に料理を平らげ部屋に戻る。 ベッドの上に寝転がるが眠くならない。夕食を食べる前に寝ていたからな、仕方ないことだ。 ベッドから起き上がりベランダに出る。気分転換になるだろう。 空を見ると月が一つしかなかった。赤い月が見当たらない。何故だ? そういえば昨日ワルドが言っていたな。今日は二つの月が重なる夜だと、『スヴェル』の月夜だったか? 元々もとの世界ではこの景色が当たり前だったな、ここまで月が大きくはなかったが。 しかしこういう月を見ながら酒を飲むのはいいかもしれないな。もし命の危険がなければ飲んでいたかもしれない。 さて気分転換にもなったし部屋に戻るか。振り向いて部屋に戻ろうとすると突然自分の体が影に覆われる。何だ? 再び振り向くとそこには巨大な何かがあった。その何かが私への月明かりを遮っている。何だこれは!?さっきまでこんなもんはなかったぞ!? よく見ると何だか見覚えがある。……そうだ!ゴーレムだ! さらに観察するとゴーレムは岩で出来ているようだった。『土くれ』のフーケと戦ったときのゴーレムは土で出来ていたがどうやら岩でも作れるらしい。 ゴーレムの肩に何か乗っている、いや誰かが座っているようだ。髪の長い女だ。懐から銃を素早く取り出す。 「お久しぶギャゴッ!!??」 何か話しかけてきたがそれを無視し銃を撃つ。胸に2発、腹に2発、顔に1発。 ルーンで強化されたスピードと動体視力で撃ったんだ。反応できまい。それを示すかのように弾丸はすべて敵に当たり、ゴーレムの肩から落ちていった。 やっぱり銃はいい。こういった時に素晴らしい効果を発揮する。 敵を眼前にして防御してない馬鹿でよかった。っとそんなこと考えている場合じゃない。部屋に戻りデルフを掴む。後ろでゴーレムが崩れていく音がする。 敵はこれだけではない筈だ。はやく対応できる用意をしなければ!それにしてもさっきの敵どっかで見たことあったな、まあいい。 1階へ行ってルイズたちと合流したほうがよさそうだ。やれやれだクソッ! 1階に下りるとルイズたちも敵に襲われていた。敵はメイジではなく傭兵のようで矢で攻撃している。数も多い。 ルイズたちは床と一体化しているテーブルの足を折りそれを盾にして攻撃を防いでいた。 デルフを抜き姿勢を低く保ちながら素早くルイズたちの場所へ行く。とてもじゃないが1人で逃げ切れるような人数ではない。 もしかしたら2階の方が安全だったんじゃないか?ドジこいた!クソッ!2階から一人で逃げればよかった!
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前ページ次ページ毒の爪の使い魔 ――トリステイン魔法学院:正門前―― 「のーっほほほほほほほほ!!!」 幻術を用い、花のような姿へ変身したジョーカーは高らかに笑う。 そして、パチンと右手の指を鳴らす。 途端、ジョーカーの身体が青い光のカーテンのような物に覆われたかと思うと、 身体に付いていた傷が、絵の具で塗りつぶされるように次々と消えていった。 その光景にギーシュ達は目を丸くする。『水』の『治癒』とは到底比べ物にならない回復力だ。 驚く彼等の様子にジョーカーは、左手の人差し指を立てながら笑う。 「のほほほほ、これ位できて当たり前ですよ。あとは…」 もう一度右手の指を鳴らす。 今度はタバサの身体が青い光に覆われる。 「どうですか、シャルロットさん?精神力…大分補充できたはずですが?」 確かに…消費したはずの精神力が戻っているのが解る。 タバサは驚愕の表情でジョーカーを見る。メイジの精神力を自在に出来るなど…聞いた事が無い。 目の前の幻獣の力にただただ驚くばかりだ。 ジョーカーはそんなタバサの様子に、ただ笑うのみ。 「それでは、ちゃっちゃと終わらせるとしましょうか。シャルロットさん、いいですネ?」 「……」 タバサは無言のまま杖を構えなおす。 それに満足したのか、ジョーカーは楽しそうな声を上げる。 「さてさて、それでは行きますよ~~♪」 ジョーカーの目が赤く輝いた瞬間、顔面から巨大な炎球が放たれた。 トライアングルクラス並の炎球はキュルケへと一直線に突き進む。 飛んでくる炎球を寸での所でかわす。 炎球は背後の地面に命中し、生えている草を地面ごと焼き焦がした。 凄まじい火力だ。まともに浴びれば、ひとたまりも無いだろう。 軽く冷や汗を流すキュルケはジョーカーを睨む。 相手は変わらない笑みを浮かべている。 「どうですか?このキュートな『フラワージョーカー』の姿となった、ワタクシのキュートなパワー? そんじょそこらのメイジなど、束になっても適わない素晴らし~い力とは思いませんか?」 ジョーカーの自慢を、キュルケは鼻で笑い飛ばす。 「何がキュートな力よ?ただ炎を飛ばしているだけじゃないの。 大体、フラワーですって?あなた…一度鏡を見た方がいいんじゃないの?」 「どういう意味ですか?」 僅かに表情を曇らせ、聞き返すジョーカーにキュルケは言った。 「あなたの今の姿……”花”と言うより、どう見ても”蛇”にしか見えないわよ?」 ――キュルケのその言葉にジョーカーは彫像のように固まった。 キュルケの意見には、その場に居た者の殆どが同意し、頷いた。 確かにフラワージョーカーとなったジョーカーの頭部は顔の周りが花びらのように変化し、 真正面から見た感じはヒマワリを連想させる。…だが、それはあくまでも”頭部に限った事”である。 実際は頭部の後ろに大小様々な大きさの、ボールのような胴体が連なっており、 全体で見ると、花とは程遠い姿だったりするのだ。 そう、それは彼女の言うとおり”蛇”と言い表すのが相応しいだろう。 …そして、この事は少なからず、ジョーカー自身気にしている事だったりする。 当然、ジョーカー再び大激怒。 「ムッキイイイイィィィィィ~~~!!!、アナタ……言ってはいけない事を言ってしまいましたネ!!? も~う、容赦しませんよーーー!ギッタンギッタンのメッタメッタのボッコボコにして差し上げましょ~~~う!!!」 ジョーカーの目が真っ赤に染まる。 それは炎を生み出すべく高まった魔力による物か?はたまた怒りによる物か? どちらなのか定かではないが…、魔力が高まり、炎球が生み出されようとしているのは事実だ。 キュルケは考えた。 あれだけの炎球だ…生半な威力の炎では逆に吸収され、相手の炎を巨大化させる羽目になってしまう。 更に、今し方あいつが見せた系統呪文を上回る『治癒』。 攻撃が当たったとしても、多少のダメージは直ぐに全快され、意味を成さないだろう。 自身の使える最大級の炎の呪文ならば、あるいは押し切れるだろうが…消費する精神力が尋常ではない。 使えば精神力は殆ど限界に来てしまうだろう。 キュルケはギーシュとモンモランシーの方を見る。 ギーシュは見た目にも深手なのが解る。 モンモランシーの方はまだ大丈夫のようだが、直接の戦力としては当てに出来ない。 …となれば、やはり無駄撃ちは出来ない。 相手はあの幻獣だけではない…、タバサもいるのだ。 両方を相手にしながら”あれ”を当てるのは、至難の業だ。 今はまだ使えない。一撃で決められる…確実に当てられる状況でなければ…。 「お喰らいなさ~~い!」 叫びながらジョーカーは顔面から炎球を放つ。 先程と違い、三つの炎球がキュルケに向かう。 避けるべく、その場を飛び退く。 と、風を切る音が聞こえ、彼女の顔の傍を氷の槍が通り過ぎる。 振り返ると、タバサが杖を振り、自分へと氷の矢<ウィンディ・アイシクル>を放つのが見えた。 咄嗟に『ファイヤー・ウォール』を詠唱する。 幾筋もの炎が立ち上り、文字通りの壁となる。 氷の矢は次々と溶けるが、溶け切れなかった何本かが飛んで来た。 「くっ!?」 咄嗟に身を翻すが、避けきれない。腕や脇腹を氷の矢が掠める。 服が破れ、覗いた肌に赤い線が浮かぶ。 タバサは相変わらずの無表情だ。無表情のまま、再び杖を振る。 巨大な氷の槍が生み出され、キュルケへと飛ぶ。 身を引き、寸でのところでかわす。――突然、身体が吹き飛ばされた。 「あぐっ!?」 地面に叩きつけられ、激痛に全身が蝕まれる。 自分を吹き飛ばした物の正体を確かめるべく、首を動かす。 そこに在ったのはデコピンをする様な仕草で、人差し指を突き出している巨大な左手。 「のほほ、油断大敵ですネ~♪」 後ろから、あの幻獣の声がした。 痛みを堪え、キュルケは立ち上がり、周囲を見回す。 後ろの少し離れた所にジョーカー。――いつでも攻撃できると言わんばかりに余裕―― その傍らに右手。――治癒担当といったところか?―― 目の前には左手。――こちらは攻撃担当のようだ―― 右前方にはタバサ。――既に呪文の詠唱が終わっているらしく、無数の氷の矢が周囲を踊っている―― …状況は正直悪い。 二対一でも厄介だが、あの幻獣の手が独自に動けるのでは、四対一と何ら変わり無い。 これでは隙を見つける以前に、ルーンを唱える暇すらない。 キュルケに焦りが生まれる。 唐突にタバサが杖を振った。無数の氷の矢がキュルケを襲う。 その場を飛び退き、地面を転がった。無様な姿だが、四の五の言ってはいられない。 氷の矢が次々と地面に突き刺さる。 氷の矢が尽きた事を確認し、キュルケは立ち上がる。 と、休む間も無く、ジョーカーの放った火球が迫る。 咄嗟にその場を飛び退く。――その背中に衝撃。 吹き飛ばされ、地面に倒れる。 確認するまでも無い……あの左手だろう。 (やっぱり……キツイわね) キュルケは立ち上がりながら、状況が最悪な事を再確認する。 タバサとジョーカーと両手……どれかを何とかすれば、まだ勝機も有るのだろうが…。 ジョーカーは”あれ”以外は効果は薄そうだし、タバサは論外。 ならば―― 「その手よ!」 キュルケは『ファイヤーボール』を左手に向かって放つ。 左手は一瞬で炎に包まれ、燃え尽きた。 (いけるわ) 間髪居れずキュルケは素早く呪文を唱え、もう一発今度は右手に向かって放った。 右手も左手同様、一瞬で燃え尽きた。 「どう?これで『治癒』は使えないわよ」 キュルケはジョーカーに言い放つ。 しかし、当の本人は平然としている。 と、ジョーカーの周囲に異変が起こる。 子供が描くような、小さな星や欠けた月が何も無い空間に現れ、一点に集まるようにして消える。 現れては集まって消え、集まって消え。 暫くそれが繰り返されると、白い手袋のような右手が現れた。 キュルケが驚く間も無く、同じようにして左手も現れた。 「のほほ、どんどん壊してくださって結構ですよ~?幾らでも直せますのでネ」 ジョーカーは、さも可笑しいといった表情で笑う。 対してキュルケは唖然とするしかなかった。 ――こうもアッサリと再生されるとは思ってもいなかったのだ。 (非常識にもほどがあるでしょ…) そう思うのも無理は無い。破壊された手を簡単に元に戻すなど、誰が想像できようか? しかし、現実は無情だ。…これで手を壊す方法も無駄と解った。 「さてさて…万策尽きちゃいましたか~?それではそろそろ、お終いにしましょうかネ」 ジョーカーの目が赤く輝く。 向こうではタバサもまた、巨大な氷の槍を作り出している。 いい加減、体力も限界だ。これ以上避け続けるのは無理だ。 かと言って、これ以上の精神力の消費も痛い。 まさに絶体絶命……さて、どうするべきか?キュルケは悩む。 しかし、悠長に悩んでもいられない。 「これでフィナーレですよ~!」 叫び、ジョーカーは顔面から炎球を放とうとする。 「あたっ!?」 短い悲鳴を上げ、ジョーカーの顔が明後日の方を向く。 一拍置き、放たれた炎球が地面を砕き、焼き払う。 ジョーカーは頬に感じた痛みに顔を顰めつつ、振り返る。 そこには青銅のゴーレムが浮かんでいた。 「あなた……まだゴーレムを作れたんですか?」 「…誰も”十体で全部”…とは、言っていないだろ…?」 忌々しそうな表情のジョーカーに、苦しそうにしながらも、ギーシュは笑みを作って答えた。 モンモランシーの『治癒』で全快とまでは行かずとも、 ”何とか我慢できる”位にまで怪我が塞がったギーシュは残っている精神力でワルキューレを作ったのだ。 ワルキューレを突き飛ばそうと左手が飛ぶが、ワルキューレは素早く飛び退き、攻撃をかわす。 ジョーカーは目を赤く輝かせながら、ギーシュへ顔を向ける。 半死人であろうと、ほおっておいたのは間違いだった。 「キッチリ、片付けておくべきですネ!」 叫びながら炎球を放つ。 それをモンモランシーが精神力をありったけ使った、分厚い水の壁で押し止める。 大量の水が一瞬で水蒸気に変わり、煙幕のように立ち込める。 間髪居れずモンモランシーは一抱えほどもある水球を作りだし、水蒸気の向こうのジョーカーめがけて飛ばした。 凝縮されていない水球は命中と同時に破裂し、ジョーカーの顔面を濡らす。 「うわっぷ!?何ですか!?」 突然水をかけられ、ジョーカーはうろたえる。 ギーシュはその一瞬の隙を見逃さない。更に三体のワルキューレを作りだす。 全部で十四体…それが今のギーシュが作り出せるワルキューレの総数だ。 四体のワルキューレは瞬く間にジョーカーとの距離を詰める。 ここまでは先程と同じだ。だが、その先が違った。 一体が顔面に拳を叩き込んだ。 怯んだジョーカーに別の一体が真下からアッパーを繰り出し、真上へ打ち上げる。 打ち上げられたジョーカーを残る二体が全力で殴り付けた。 悲鳴を上げる間も無く、ジョーカーは地面に叩き付けられた。 反動で大量の土砂が宙に巻き上げられる。 「はは……どんなもんだい…」 ギーシュは土埃を見据えながら言い、力尽きたように地面に突っ伏す。 それに呼応するようにワルキューレも消滅した。 「やるじゃない…」 キュルケは気絶したギーシュと寄り添うモンモランシーを見つめながら、小さく微笑んだ。 戦力外と考えていた二人の活躍に素直に賞賛する。 「私も…彼女を止めなきゃね」 そう呟き、キュルケはタバサに向き直る。 タバサは既に二本の氷の槍を作り出していた。どちらも大きさから威力は容易に想像できる。 表情を伺う。変わらない無表情…、その目にやはり迷いは無い。 キュルケは小さく深呼吸をし、杖を構えた。 タバサも杖を掲げる。氷の槍が絡みつくように、杖の先端を回る。 杖を振り下ろせば、氷の槍はキュルケを貫かんと襲い掛かるだろう。 キュルケは無駄と知りつつ、タバサに向かって口を開いた。 「タバサ…最後に聞くわ。…どうしてもやるの?」 タバサは答えない。それが何よりの答えだった。 杖を振り下ろし、氷の槍を飛ばす。 キュルケは素早く呪文を唱えた。火球が杖の先端に現れ、氷の槍に向かって飛ぶ。 火球が氷の槍を飲み込み、溶かし尽くす。 と、立ち込める水蒸気を突き破り、もう一本の氷の槍が飛んだ。 「キュルケ!?」 ルイズの悲鳴のような声が上がった。 「…くっ…」 脇腹が熱い。見れば、そこに氷の槍は突き刺さっていた。 急所は辛うじて守ったが…避け切れなかった。血が傷口と口から溢れる。 地面に方膝をつき、荒く息を吐く。と、目の前に人の両足が見えた。 顔を上げると、親友の顔がそこにあった。 「…流石ね…。大した威力だわ…」 額に汗を浮かべながらも、軽口をたたく友人をタバサは静かに見下ろす。 その目を見て彼女は静かに唇を噛む。 ――友人は少しも自分を恨んでいないのだ。 自分の勝手な都合で殺されようとしているのにも拘らずだ。 こんな目で見られては、自分の中のある種の決意も揺らいでしまいそうだ。 ”何をしているの?早く止めを刺しなさいよ” ガーゴイルを通じてミョズニトニルンの声が響く。 タバサは目を閉じた。 瞼の裏に浮かぶのは、友人との日々…、そして…母の笑顔。 目を見開き、タバサは杖を掲げて呪文を唱える。 何本もの氷の矢が現れる。杖を振り下ろせば、氷の矢は目の前の友人を串刺しにするだろう。 しかし…振り下ろせない。 何故振り下ろせない?もう、自分は覚悟を決めたのだ。今更、友人に情けをかけてどうなる? そもそも、もう自分は友人などと呼ぶ資格は無いのに…。 「…っ!」 より一層強く唇を噛みしめる。 …自分は失いたくないのだろうか?この友人を? 「のほほほほーーー!!!チャンスです!!!」 突然聞こえてきたその声に、タバサとキュルケは同時に顔を向ける。 土煙を払い除け、ギーシュがノックダウンしたとばかり思っていたジョーカーが姿を現す。 瞬く間も無く、ジョーカーの目が赤く輝き、炎球が飛んだ。 凄まじい速さで飛ぶ炎球に、タバサは対応しきれなかった。 視界一杯に炎球が広がった、次の瞬間―― 「危ない、タバサ!」 叫びながらキュルケが彼女に飛びつく。 炎球が着弾し、爆発が巻き起こった。 爆発により生じた爆風に煽られ、タバサは目を閉じた。 爆風が収まり目を開けると、自分を庇うように覆い被さっている友人が目に入った。 友人がゆっくりと身体を持ち上げ、自分を見つめる。 「大丈夫…?」 タバサは静かに頷いた。 そう、とキュルケは呟き――呻き声を上げ、顔を顰めた。 どうしたのかと思い、タバサは僅かに身体を起こし――目を見開いた。 友人のマントと制服の背中の部分、ブーツは無残にも焼け焦げており、 剥き出しの背中と両足に酷い火傷を負っていた。 「どうして…?」 友人を見つめながら、タバサは呆然と呟く。 解らなかった……何故自分を、こんな傷を負ってまで助けたのか。 タバサの呟きにキュルケは笑みを浮かべる。 「そんなの……あなたが私の大切な…親友だからに決まっているでしょ…」 タバサの目が大きく見開かれ、次いで涙を溢れさせた。 自分は彼女を切捨て、本気で殺そうとしたのに…、その彼女は身を挺して自分を庇ったのだ…。 その理由は”親友だから”……彼女は最後まで自分を切り捨てなかったのだ。 タバサは泣いた…、泣くしかなかった…。 ”どうしたの?泣いたりなんかして。まだお前の仕事は終わってないよ?” 「そうそう、早く済ませちゃいましょうネ」 ミョズニトニルンとジョーカーの声が聞こえる。 キュルケはジョーカーを睨み付ける。 「あなた……仮にも…この子は味方…じゃないのよ…。なんで…あんな……」 キュルケの言葉にジョーカーは不思議そうな表情をする。 「はて?どう言う意味で?」 その様子に一層怒りを掻き立てられる。 「味方を巻き込むような攻撃を……なんでしたのよ…?この子…死んだかもしれないじゃ…ない…」 キュルケの言葉に顎(?)に手を沿え、ジョーカーは考え込む。 そして、目の形を変えてニヤリとした表情を作る。 「別にいいじゃないですか?」 ジョーカーは特に悩むでもなく、そう言った。 「なん…ですって…?」 キュルケは呆然とする。 ジョーカーは続けた。 「事情を知っておられるのであれば、ご理解いただけるはずですがネ? そもそもシャルロットさんは、任務中の死亡を望まれてこうして使われているのですよ? ですから、こちらとしてはあまりシャルロットさんの生死は関係ないんですよネ。 今のように任務成功が確実ならば、一緒に吹き飛ばしても何ら問題はありません。何しろ…」 そこで一拍置き、ジョーカーは口を開く。 「――駒の替えなんて幾らでも有りますしネ……のほほほほほほ♪」 キュルケは脳が沸騰するかと思った。それほどの怒りを目の前の幻獣とガーゴイルの操る者に感じたのだ。 ――こいつらはタバサをただの消耗品としか見ていない。こんな奴等に…この子は今まで苦しめられたのか? 今直ぐにでも焼き尽くしてやりたい……激しい怒りが彼女に身体の痛みを忘れさせる。 タバサもジョーカーの言葉に再度唇を噛み締めた…。 その時だった。 「なんだ…?もう終わってんじゃねェか…」 その場の全員の視線が一斉に向く。 そこにはジャンガが立っていた。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔
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前ページ次ページ風林火山 ―――――朝もやの中、勘助達は馬へと乗った。 秘密裏に、学院を出発しようというのだ。 ―――ザッ 後ろから、近づいてくる足音があった。 「誰だ?」 警戒しながら勘助が、問う。 もしかしたら、アンリエッタの話が漏れてしまったのかもしれない。 ギーシュが見つからなかったくらいなのだから、あり得ない話では無い。 「僕は敵では無い。トリステイン一国がかかっているんだ。やはり、君たちだけで行かせるわけにはいかないだろう。とは言っても、隠密行動だ。一部隊つけるわけにもいかなくてね。僕が指名されたのさ」 若い、男の声だった。 見れば、長身の、羽帽子をかぶった貴族である。 「女王陛下直属の部隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ワルドは、帽子を取ると一礼した。 「ワルドさま・・・」 ルイズは、頬染めていった。 「ルイズ!僕のルイズ!久しぶりだね!」 勘助は、それを茫然と見つめた。 人懐っこい笑顔で、ルイズを抱きかかえる。 「彼らを、紹介してくれたまえ」 「グラモン家のギーシュと、使い魔の勘助ですわ」 二人りは、ワルドに一礼した。 「君がルイズの使い魔かい?人とは思わなかったな」 「僕の婚約者がお世話になっているよ。」 今度こそ、勘助は驚いた。 (姫様の、婚約者!) だが、あり得ない話では無い。 ヴァリエール家は、トリステイン有数の貴族である。 ならば、予め婚約者が決められていてもおかしくは無い。 それに、ルイズはどうやらワルドにあこがれているらしい。 ワルドも、態度からルイズを悪くは思っていないようだ。 ならば、これは祝福すべきことなのだろうか。 (まだ、わからん) 本当に、ルイズに・・・姫様にとって、ふさわしい相手なのかどうか、見極めなければならない。 今の段階では、まだ判断はできないだろう。 旅の途中で、見極めるしかないようだ。 「おいで、ルイズ」 と、ワルドはルイズを自分のグリフォンへと招いた。 ルイズは、少しもじもじとしていたが、やがてワルドの元へと駆け寄った。 ワルドはそれを抱えると、高らかに宣言した。 「さぁ、諸君!出発だ!」 ―――――学院を出発して、半日近くが経っていた。 ギーシュは疲れを見せていたが、それでも何とか食らいついてきている。 「ミスタ・カンスケ」 突然、ギーシュが語りかけてきた。 「何だ」 「・・・僕は、貴方との決闘に敗れた」 真剣な表情をしていた。 ギーシュは、勘助の方を見ずに、言っている。 「僕は思うんだ。もし、僕がスクウェアクラスであっても、君には勝てなかったんじゃないだろうか、と。それは、君が強いからじゃ、決してない。単純な実力では、僕は君に勝っていると思っている」 勘助は、何も言わずに聞いている。 「あの時、僕はなぜ負けたか。ずっと考えていたんだ。貴方は、真剣だった。命のやり取りをするという、実感があったのかもしれない。けれど、僕にはそれが無かった。平民に負けるわけがない、という思いから、油断をしていた」 パカ、パカ、と馬が走る音が聞こえる。 へとへとになりながらも、必死に馬を操り、語り続ける。 「だから、僕は考えている。あの時、油断しなければ勝てたのだろうか、と。否、勝てなかったと僕は思う。奇襲を予め予想しても、何故だか、貴方はそれを上まわって来るような気がしてならない」 そして、ギーシュはしっかりと、勘助を見やった。 「ミスタ・カンスケ。貴方の知恵を、僕に教えてほしい。僕を、貴方の弟子として欲しい。貴方は、以前東方の大国の、軍師をしていたという。僕に、その知識を、教えてくれないだろうか」 ほう、と勘助はうなった。 (軽薄で、まともな考えを持たない小僧だとばかり思っていたが・・・) これはこれで、真剣に考えているらしい。 「僕は、グラモン家の息子だ。グラモン家は、多くの有能な軍人を輩出してきた。僕も、行く行くは軍人となる。決して、貴方から得た知識は無駄にしない。それ相応の礼も、します」 「それは、本気か?」 聞くまでもないだろう、と勘助は思った。 「始祖ブリミルの名、そして貴族としての誇りをかけて、本気であると誓えます」 満足な答えが返ってきた。 これを無碍に断るようでは、男がすたる。 「良かろう。だが、俺は平民だ。平民に教えを請うとは、聞こえが悪いと思うが?」 「枢機卿も平民出身だと聞きます。何より、能あるものに、貴族も平民も無いと、実感しました―――先の、ご無礼をお許しください。どうか、その知を私にくださるよう」 ふ、と勘助は笑うと、唐突に馬の速度を上げた。 「小僧、遅れるな!あれに置いてかれるぞ」 そして、ギーシュは弟子と認められた。 ―――――何度か馬を替え、ひたすらに走ってきた勘助達は、その人うちにラ・ロシェールの港町の入り口に到着した。 なんとか喰らいついてきたギーシュだが、すでに体力は限界で、息も絶え絶えだった。 なんとか一息つけるという安心からか、安堵の笑みを浮かべている。 その時である。 ―――ヒュン と、一本の矢が飛んできた。 と思うと、2本、3本とどんどんと矢は飛んでくる。 見れば、崖上には松明を持った影があった。 「奇襲だ!」 ギーシュが叫んだ。 松明が投げ落とされ、馬が悲鳴を上げた。 矢の一つが馬の尻にささり、暴れまわった。 無数の矢は、勘助とギーシュだけをめがけて飛んでくる。 デルヒリンガーを手に、勘助は矢を切り落とす。 「ワルキューレを出せ!盾にしろ!」 ギーシュへ怒鳴る。 慌ててギーシュがワルキューレを出し、とりあえず矢を防ぐ。 「大丈夫か!」 ワルドが、勘助達の元へと走ってきた。 「山賊の類か?」 ワルドが呟く。 「万が一とは思うが、アルビオンの者である可能性もある。捉えねばならぬ」 そのとき・・・ ばっさばっさという音が聞こえた。 聞き覚えのある、羽音である。 それは、タバサのシルフィードであった。 崖の上の人間は、残らず蹴散らされていた。 「おまたせ」 ピョン、とキュルケがその背から飛び降りた。 ルイズは、グリフォンから飛び降り、キュルケに怒鳴った。 「おまたせじゃないわよ!なにしに来たの!」 「助けに来てあげたんじゃないの。朝方、見かけたから後をつけてきたの。」 「キュルケ。あのねぇ、これはお忍びなのよ。」 「あら、それだったらそういえば良いじゃない。言わなきゃわからないわ。それに、貴方達を襲った連中を捕まえたんだから。感謝して貰わなきゃ、割に合わないわ」 言うと、勘助の腕へと抱きついてきた。 「ダーリン。心配してたのよ?まぁ、あんなのダーリンなら何でもなかったでしょうけれどね」 勘助は、その腕を振り解く。 「礼を言う。ギーシュ、それを尋問するぞ」 それきり、キュルケには目をやらずに、山賊の尋問を開始する。 はたして、山賊達はただの物盗りだとわかった。 その表情に、どこかぎこちなさはあるものの、捕まって尋問を受けているということを考えれば、特におかしいという訳はない。 相手によっては、全員の首が、胴から離れてもおかしくないからである。 山賊達が持っていた、僅かな金貨と銀貨を懐に納め、勘助達は町の宿へと向かった。 ―――――ラ・ロシェールで最も高い宿に、女神の杵へと勘助達は宿泊した。 馬に乗ってくたくたになっていたギーシュは、すでに部屋へと入っていた。 キュルケとタバサも、恐らくは戻っているだろう。 勘助は、桟橋へ交渉へ行っていた二人を、一人で待っていた。 「アルビオンへの船は、明後日にならないと出ないそうだ」 交渉から帰ってきた二人は、勘助に、そう告げた。 こればかりは、どうしようも無いと、それぞれは部屋へと戻った。 ギーシュと勘助は、相部屋であった。 (小僧、すでに寝ているかな) 思い、部屋のドアを開いた。 だが、ギーシュは起きていた。 正座をし、師たる勘助を待っていた。 「ほう、起きていたか」 「弟子に入ったその日に、師の事を忘れて眠る程、肝は据わってません」 「ふむ」 殊勝である。 だが、勘助もこんな日に起きていろというほど、酷では無い。 「今日はご苦労だった。何、アルビオンに行くまで日もある。今日は、疲れをとっておけ」 しかし、ギーシュは首を縦には振らない。 「私は、学ぶために弟子入りしました。時間があるのであれば、少しでも多くの事を吸収したいのです。どうか、戦について教えて頂きたいのです」 (ほう・・・意外と、器かもしれん) まだ何も教えたという訳ではないが、姿勢は素晴らしいものがある。 あるいは、大した器なのかもしれない。 だが――― 「師と仰ぐなら、その言葉に従わなくてはいかんな・・・今日は、おとなしく休んでおけ」 言葉を受け、ようやく首を縦に振った。 「・・・それでは、御先に失礼します」 言うと、バタリ、と倒れてしまった。 よほど、疲れていたのかもしれない。 ランプの炎を消し、勘助も目を閉じた。 ―――――翌日。 勘助は、ノックの音で目を覚ました。 ギーシュは、死んだように眠っている。 体を起こし、ノックの主を向かいいれる。 「おはよう。使い魔君」 羽帽子をかぶった、ワルドであった。 勘助より、背が頭一つ分は高い。 「おはようございます。しかし、出発は明日のはずでは?」 ワルドは、にっこりと笑って言った。 「君は、伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「む」 ワルドは、ごまかすように言った。 「土くれのフーケの話を聞いてね。少し、興味を持って君を調べてみたんだ。・・・率直に言おう。あの『土くれ』を捕まえた、君の腕を知りたい。ちょっと、手合わせして貰えないか?」 その言葉に、勘助は目を光らせる。 「フーケを捕まえた、腕を見たいと?」 「あぁ。そこの中庭は、昔の砦の、修練場があったはずだ。そこまで、お願いできるかな?」 「ふむ・・・少し、用意をしてからで構わないのであれば」 ルイズにふさわしい相手か、これだけで決めるのには無理がある。 だが、腕前や知恵の一端を見る事は出来るだろう。 そう思い、勘助は戦いの『準備』を始めた。 ―――――勘助とワルドは、中庭の修練場へとやってきた。 「立会には、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」 と、ルイズが姿を現した。 二人の姿を見たルイズは、はっとした顔になった。 「ワルド、来いって言ったから来てみれば、一体何をする気なの?」 「貴族というのは、厄介でね・・・強いか弱いか、それが気になるとどうにもならなくなるのさ・・・ルイズ、ここで見届けてくれ」 ルイズは、勘助を見た。 「やめなさい!これは命令よ!」 「・・・姫様、申し訳ありませぬ」 それに、ワルドは笑い、言った。 「さぁ、介添人も来たことだし、はじめようか」 ワルドが、さ、と構える。 しかし。 「待った」 勘助は、それを止めた。 ワルドは、面を食らったように勘助を見た。 「こちらにも、介添人という訳ではないが、これを見せたい者がいる」 と、ギーシュがやってきた。 「あれは、先日某の弟子となった。師の戦いを、その眼で見せなくては勿体無いだろう」 「ふ、いいだろう。それについては、こちらが止める事は無いよ。・・・それにしても、貴族が平民の弟子となるか。いや、悪く言ってるんじゃないよ」 ワルドは、ギーシュを見て言った。 「さぁ、今度こそ大丈夫かな?はじめよう」 「御意」 今度こそ、二人は構えた。 勘助は、背中に背負ったデルフリンガーに手をやり、ワルドは杖を構えた。 ―――ザッ ワルドが、一足に勘助の目の前へと迫った。 杖を、レイピアのように構え、目にも止まらぬ突きを繰り出してくる。 それを、何とか剣で受け流しながら、勘助は後退する。 「どうした、使い魔君!守っているだけでは、何もできないぞ!」 言いながらも、決して手は緩めない 勘助は、デルフリンガーで杖を押し返した。 「――ハァッ!」 ワルドは、わずかにたたらを踏み、後退した。 その隙を突き、勘助はデルフリンガーを大振りに振る。 しかし、ワルドはそれを、難なくかわした。 「さすがに、強いな!元軍人だというのも、本当だろう!」 大振りをかわされた隙を突かれ、勘助は腰を地面に打ち付けた。 「並のメイジが相手なら、そうそう負ける事は無いだろう!」 その途端にバネのように飛び起き、距離をとった。 しかし、ワルドはすぐに距離を詰める。 「だが、相手が悪かった・・・僕は、魔法衛士隊の隊長だ・・・並のメイジとは違う!」 突きの速度が上がっていく。 ―――デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・ 突きながら、呟くように呪文を唱えている。 「クッ」 「相棒!いけねぇ、魔法が来るぜ!」 バッと後ろへと飛んだ。 しかし、ワルドの操る、巨大な空気のハンマーは、横殴りに勘助を吹き飛ばした。 勘助は、樽に体を打ちつけた。 その拍子に、剣を落とした。 「勝負ありだ!」 ワルドは、デルフリンガーに足を乗せ、宣言した。 「わかったろう、ルイズ。彼では君を守れない」 そう言い、顔をルイズへと向けた。 「小僧!」 勘助が叫ぶ。 「なっ!」 デルフリンガーを中心にして、地面が泥と化した。 意識をルイズに向けていたワルドの脚は、すでに膝まで埋まっている。 「くっ・・・これは!」 そして、勘助は腰から下げていた、日本刀を抜いた。 「油断したな、ワルド子爵」 刀はワルドの首に、ピタ、とついた。 「こ、降参だ・・・」 額に汗を浮かべながら、ワルドは言った。 ―――――ルイズは、困惑したように勘助を見つめていた。 「どうか、致しましたか?姫様」 聞かれて、意を決したようにルイズは言った。 「その・・・今の、卑怯じゃないの?結局、勘助とギーシュ二人がかりでワルドと戦ったんだから」 その言葉に答えたのは、勘助では無かった。 「いいや。これは、まぎれもなく僕の負けだよ。なんたって、僕は『フーケを捕まえた腕前を見せてくれ』といったのだからね」 え?とルイズが首をかしげた。 「某は、自らの腕っ節でフーケを捕まえられるとは、思ってはおりません。そもそも、教師達を呼ばなければ、フーケを捕まえる事は成らなかったでしょう。全ては、策によるもの。ならば、その腕前を見せろ、と言われたのであれば―――」 「当然、何らかの策を持って挑む。そう、僕が迂闊だったのさ。勝ったと思って、気を抜いてしまった、僕のミスだ」 ワルドは、潔く自らの負けを認めた。 「まぁ、敗者はおとなしく部屋に戻るとするよ。それでは、また後で」 そのまま、部屋へと戻ってしまった。 勘助達も、つられる形で、部屋へと帰還した。 ―――――夜。 勘助達は、最後の晩餐とばかりに酒場にいた。 いよいよ、明日は生死をかけた、敵地での任務である。 この酒場で出せる、最高の料理と酒がふるまわれていた。 ルイズは、ワルドと二人で何事か話していた。 だが、キュルケが勘助に近づくと、キッ、っと睨むことは忘れなかった。 その度に、勘助は背中に汗をかきながら、キュルケを振り払っていた。 と、勘助は、外の様子に何か違和感を覚えた (・・・なんだ?) ふと、席を立ち、外をみやる。 「な・・・!」 一瞬、言葉を失った。 以前、倒した筈の、巨大なゴーレムが、そこにいた。 それだけではない。 数は、決して多くはないが、傭兵達が並んでいる。 そして、後ろでキュルケも、ゴーレムの姿に気づいた。 「フーケ!」 その言葉に、全員が反応した。 慌てて席を立ち、それを見る。 「感激だわ。覚えててくれたのね」 マントで全身で隠してはいるが、まぎれもなくフーケの声である。 「牢屋に入っていたんじゃ・・・」 キュルケが、苦い顔でつぶやく。 「親切な人がいてね。私みたいな人間は、世の為に働かなくては、と出してくれたのよ」 フーケのゴーレムのすぐそばに、黒マントに仮面を羽織った人間らしき影があった。 あれが、フーケを脱獄させたのだろうか。 「何しにきたの?」 キュルケが、言った。 「素敵なバカンスをありがとう、ってお礼を言いに来たんじゃないの!」 ゴーレムの拳が、酒場の壁を破壊した。 そこから、ワッと傭兵達が入ってくる。 ワルドが、魔法で応戦した。 何人かは、風で飛ばされるが、不利を悟るとすぐに引き返す。 そして、魔法の射程外から矢を射ってきた。 「く」 さすがに、ワルドもお手上げらしい。 とりあえず、テーブルを壁として、持ち応える。 「十中八九、アルビオンに、ばれたんだろうね」 ワルドが言った。 「奴ら、私たちの精神力が尽きるまで待つつもりね・・・どうする?」 そこで、勘助が提言する。 「ここで、全員で戦えば、何人かが犠牲になろう。全員で逃げても、同じだ。だが、腕の立つ半数が囮となり足止めし、残る半分が、先に退く」 妥当なところだろう。 「まぁ、それしかないでしょうね。ってことで、ルイズ。あんた、先に行きなさい」 「ちょ、それって私が腕のない方だって言ってるの!?」 「それもあるけど、どっちみち私とタバサじゃ一緒に行っても何するか分からないわよ。あんたとワルド、勘助が行くしかないじゃ無い」 「うむ。後は、任せた」 その言葉に、キュルケは目を細めて頷く。 「勿論、安心していいわ」 勘助は、ギーシュに目をやった。 「小僧。さっきワルドにしたことを、忘れるなよ。あれは、相手が巨大であればあるほど効果が増す。お前にとって、フーケは決して相性が悪くはない」 ギーシュが、頷く。 「お任せください。安心して、お行きください。師よ」 そのまま、勘助達は酒場を脱出した。 裏口から出ると、中で派手な爆発音がした。 「始まったみたいね・・・」 ワルドは、壁にぴたりと張り付き、ドアの向こうの様子を探った。 「誰もいないようだ」 ドアを開け、街の中へと躍り出る。 ワルドが先頭をゆき、殿は勘助である。 月夜の中、三つの人影は、『桟橋』へと、走って行った。 ―――――裏口から、勘助達が出たことを確認してから、キュルケはギーシュに命令した。 「奥に、油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋かい?なるほど、わかった」 ワルキューレは、矢でその身を打たれながらも、何とか油を手に戻ってきた。 「それを、入口に向かって投げて」 ギーシュは、ゴーレムを操り、油を入口へと、投げた。 それに向かい、キュルケが杖を振る。 炎が現れ、そして鍋の油に引火した。 ―――ドン、 と爆発を起こす。 入口付近の炎は、突入をしようとしていた傭兵達も巻き込み、激しく燃え盛る。 さらに、キュルケは色気を含む、優雅なしぐさで杖を振るう。 そのたびに、炎は操られ、名も知らぬ傭兵達を優しく包んだ。 キュルケめがけて、矢が何本も飛んでくるが、タバサはそれをすべて風で逸らした。 「名も知らぬ傭兵の皆様方。貴方がたがどうして、私たちを襲うのか、全く存じませんけども」 降りしきる矢の中。 キュルケは、優雅に一礼した。 「この『微熱』のキュルケ。謹んで、お相手致しますわ」 炎に焼かれ、傭兵達は踊るようにして逃げ去る。 「おっほっほ!おほ!おっほっほ!」 キュルケは、勝ち誇り笑い声をあげる。 「見た?私の炎の威力を!やけどしたくなかったら、おうちへ帰りなさいよね!あっはっは!」 と、轟音とともに入口がなくなった。 「え?」 もうもうと立ち込める土埃の中、巨大なゴーレムが姿を現した。 炎に包まれる傭兵達を、指で弾いて飛ばす。 「忘れてたわ。あの、業突く張りのお姉さんがいたんだった」 「調子に乗るんじゃないよ!小娘どもが!」 フーケは、声を怒らせ、キュルケ達に叫んだ。 キュルケは、杖を上げ、呪文を唱えようとしてた。 だが。 ―――ザッ その前に、ギーシュが立ちはだかっていた。 「キュルケ、タバサ。君たちは、傭兵達を頼む」 背中で、ギーシュが語った。 「いやまぁ、それはいいけど・・・あんた、『ドット』でしょう?相手は、曲がりなりにも『トライアングル』よ?勝ち目、無いんじゃなくて?」 背中が震えた。 どうやら、笑ったようだ。 「そのくらいの実力差、大したものでは無いよ。戦い方次第では、『ドット』が『スクウェア』にだって勝てる。最も、これは僕の言葉では無いけれど・・・」 ギーシュは、薔薇の杖を掲げた。 「でも、今から見せてあげるよ。『ドット』が『トライアングル』を倒すところをね」 呪文を唱える。 「ふぅん。『ドット』ねぇ・・・随分と、舐められたもんじゃないか!」 フーケが怒鳴る。 語気も荒くなり、すでに地が出ているようだ。 「一つだけ、予言しよう。君が、そこを動いたら、その瞬間に・・・勝利は、僕のものだ」 それで、切れた。 「ふ―――ふざけるなぁッ!」 ゴーレムの手が鉄に変化した。 そして、恐るべき速度で襲いかかってきた。 が ―――ドロ ゴーレムの足が、泥に埋まった。 「どうだい。そんなに大きければ、それだけでもう、身動きがとれないだろう」 ギーシュは、フーケに向かって、言った。 「確かに、大きいということはそれだけで強い。だが、大きいが故の弱点も又、あるんだよ。・・・ワルキューレ!」 ギーシュが、ワルキューレを一体作り出す。 身動きがとれない、フーケのゴーレムの腕に、軽いステップで飛び乗り、走る。 だが・・・ フーケの口が、歪んだ。 「ふ・・・あはははは!とんだ浅知恵だね!そんなんで、このあたしを倒したつもりかい!」 一瞬のうちに、ゴーレムが崩れた。 「あんたも土のメイジなら分るだろう・・・ゴーレムはねぇ!土と精神力さえあれば、何度でも作れるのさ!」 ゴーレムの崩落に、ワルキューレが巻き込まれる。 そして、泥沼のわずか前に、巨大なゴーレムが作り上げられ始めた。 「わかっているさ」 ポツリ、とギーシュはつぶやいた。 「そんなこと、言われるまでもない。いや・・・むしろ、それを忘れているのは君の方じゃないのかな?」 ギーシュが、杖を振るった。 「な・・・に!?」 フーケの顔が、驚愕に染まった。 フーケの目前、一体のワルキューレが現れたのである。 「ゴーレムは土と精神力さえあれば、何度でも作れる!そう・・・例えそれが、他人が作った、『ゴーレムだったもの』だとしても!」 高らかに、宣言する。 「君がゴーレムを壊したその瞬間に、ゴーレムの体はただの土となる!20メイル以上の、巨大なゴーレムだ・・・ワルキューレを作るには、十分すぎる材料さ!」 ワルキューレは、その剣でフーケの杖を両断した。 「ぐ・・・がはっ!」 レビテーションも唱えられず、20メートル近くからフーケは落下した。 そして、『土くれ』の名の通り、土にまみれたフーケの目前には、ワルキューレがあった。 「フーケ。僕は、出来る事なら女性を手に掛けたくはない。そのまま引くというのなら、追いはしない」 「ぐ・・・くぐ・・・く・・・」 フーケは、ただ呻いている。 (勝った・・・ドットであるこの僕が、フーケに・・・トライアングルに!) ギーシュの中は、喜びで満ちていた。 だが。 「ぐ・・く、くふ。くふ、くふ、くふふ・・・くははははははは!」 突然笑い始めたフーケ。 そして・・・その姿が、みるみる変質していく。 「そんな・・・」 そこには、30メイルは越えようかという、巨大なゴーレムの姿があった。 「おかしいったらありゃしないね!『ドット』が『トライアングル』を倒せるなんて、本当に思ってたのかい!」 ゴーレムより、100メイルは離れていよう、草の陰から、フーケは姿を現わした。 「ゴーレムを扱っているメイジは、無防備になる・・・姿を隠すのは、当り前のことさ!」 そう、それは当たり前だった。 『ドット』であるギーシュは、ゴーレムを遠距離から操るということは、難しい。 だが、フーケ程の使い手であれば、自分そっくりのゴーレムを作ることだって、あの巨大なゴーレムを、遠くから操ることだって、出来るに違いない。 「そう・・・だから、この前の時よりも小さかったのね」 キュルケが、呟いた。 さすがに、二体のゴーレムを操れば、ゴーレムの大きさにも限界ができるのだろう。 「さて。このゴーレムは、さっきのより随分大きいね。すると、さっきの『錬金』はより効果的になるわけだ・・・もう一度、やってみるかい?」 「う・・・」 ギーシュがたじろいだ。 当然だ。 不意を突かねば、簡単に『錬金』など防がれてしまう。 単純に、ギーシュの『錬金』の力よりも、フーケの『錬金』の力の方が上なのだ。 「ふふ。さて、それじゃあ・・・舐めて貰ったお礼でもしてやろうかねぇ!」 ゴーレムの拳が、振るわれる。 「ひ・・・」 逃げよう、と思った。 でも、足が動かなかった。 「この・・・馬鹿!」 キュルケが、力任せにギーシュを吹っ飛ばした。 「うわぁっ!」 あられもない声を上げ、ギーシュが吹っ飛ばされる。 キュルケの『ファイアーボール』と、ゴーレムの拳が真正面からぶつかった。 しかし、ゴーレムの拳は、炎を物ともせずに向かってくる。 それに、タバサの『エア・ハンマー』が横からぶつかった。 軌道が僅かに逸れ、キュルケはそこから逃げだした。 「無理」 ぼそりと、タバサが呟く。 同時に、モクモク、と煙が上がった。 「ち・・・目くらましか!」 フーケが叫んだ。 ゴーレムが、拳をぶんぶんと振りまわす。 それだけで、分厚い煙幕は薄まっていく。 「あのゴーレム相手じゃ、ちょっと戦力不足だわ・・・退くわよ!時間も稼いだし、多分、大丈夫よ!」 バサリ、とシルフィードがやってくる。 2人は、それに乗った。 「ちょ、ギーシュ!なにしてるの!早く来なさい!」 (わ、わかってる、んだけど、ね・・・) だが、動けない。 体が、言うことを聞かないのだ。 「ご、ごめ・・・足、が」 「あぁもう!あんだけ大口叩いておいて、結局それじゃない!」 がくがく、と体が震えていた。 これが、初めての実戦だからだろうか。 (これが・・・命をかけた、戦い・・・) 自分の力が、通用しなかった。 危うく、殺されるところだった。 それを実感して、初めて体が竦んだ。 股間が、濡れた。 「全く・・・初めは、格好良かったのに」 「無様」 「あはは・・・このことは、師匠・・・勘助には言わないでくれよ。格好悪いからね・・・」 散々に言われてしまった。 でも、仕方無い。 (次こそは・・・) 師によれば、最強の系統である『土』、その使い手なのだ。 同じ無様は、もう許されない。 前ページ次ページ風林火山
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モット伯の屋敷の前、聳え立つ正門を見上げる。 その門番なのだろうか、武装した衛兵二人が彼に気付いた。 一人はその場に残り門を守り、もう一人がこちらに近づいてくる。 「…さて準備は良いか? 相棒」 デルフの言葉に黙って頷く。 元より自分の覚悟は出来ている。 彼が雄叫びを上げる。 それは戦いの始まりを告げる鐘の音だった。 「何の騒ぎだ!?」 耳障りな獣の鳴き声にモット伯が怒りを露にする。 風呂で身体を洗ってワイン片手に、機嫌良くシエスタを待っていたのだ。 しかし、さっきから聞こえてくる鳴き声によってモット伯の気分は害された。 「とっとと黙らせろ!」 「そ、それが……」 激昂するモット伯に怯えながら、 しどろもどろになりつつも衛兵が弁明する。 だが、どう説明すればいいのか。 正門前の状況は衛兵の理解を超えていた。 「おい……どうしたんだ、お前達?」 背に羽が生えた異形の犬を衛兵は嗾けた。 犬を普通に追っ払ってもまた戻ってくる事が多い。 だから犬を嗾けるのが一番の対処法だった。 少なくともそれは確実な手段だった……この犬が現れるまでは。 犬の足が止まる。 見ればそれは小刻みに震えていた。 訓練された犬は相手が誰であろうと恐れない。 たとえ銃を持っていようとメイジであろうと立ち向かう。 その犬が怯えている。 まるで怪物と対峙しているかのように固まる。 彼等は理解していた。 訓練によって研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、 目の前の犬が尋常の物ではないと告げていた。 “触れれば死ぬ”そんな言葉が頭に過ぎる。 まるで冗談のような存在だ。 そもそも生物として質が違う。 生きる為に存在しているんじゃない、 この怪物は“殺す”為に存在している。 これは獣の形をした『兵器』なのだ…! 命を捨てる覚悟は出来ている。 だが死ぬのは自分達だけではない。 この怪物に挑んだ瞬間、戦う事さえ出来ずに八つ裂きになるのは明白。 そうなれば次に犠牲になるのは背後に立つ主人である衛兵達。 決して相手を刺激してはならない。故に動けない。 番犬のただならぬ様子に衛兵も動けない。 死をも厭わぬ獣が見せる恐れは彼等にも伝わった。 吼え続ける犬を彼等はただ黙って見ているしかなかった。 「さあ、さっさとモット伯を出してもらおうか。 じゃねえと相棒は屋敷の前でずっと吼え続けるぜ」 風を切りシルフィードの巨体が宙を舞う。 その背に乗せているのは四人の男女。 「もっと急いで!」 「………了解」 ルイズの声に寝ぼけ眼を擦りながらもタバサが応じる。 シルフィードの耳元で何事か囁くと更に速度を増す。 ルイズは焦っていた。 思った以上に時間を食い過ぎたのだ。 馬では追いつけないかもしれないとタバサを呼びに行ったまでは良かった。 しかし完全に熟睡したタバサを起こすのは大変だった。 ゆさゆさ揺さぶっても完全に夢の中に落ちたまま。 本を読んでる時や食べている時と同じで、なかなか落ちない油汚れ並みの頑固さだった。 この時点で馬で行けば良かったと思うのだが、 遅れを取り戻そうと焦り冷静な判断を失っていたのだ。 “眠れる姫を起こすのは王子のキスと決まって……” 戯言を抜かすギーシュをエアハンマーで吹き飛ばした所で彼女はようやく目を覚ました。 説明しても未だ寝ぼけたままなのか、うつらうつらしてる。 ようやく状況を飲み込んだ彼女がパジャマ姿のまま杖を取る。 服ぐらい着替えなさいよ、とキュルケに注意されて彼女はパジャマのボタンに手を掛けた。 ギーシュ達が居るその場で何の躊躇もなく。 キュルケがその手を抑え、私が上から毛布を被せる。 慌てて後ろを向くコルベール先生とフレイムに焼かれるギーシュ。 こんな調子のタバサでは役に立たないと彼女が覚醒するまで待っていたのだ。 タバサを目覚めさせるのには成功したが、今度はシルフィードがダメになっていた。 口から緑色の泡を吐きながらピクピク痙攣する彼女。 何かの奇病かと焦る一行にタバサは『好物の食べ過ぎが原因』と簡潔に説明した。 とりあえず水を流し込んで胃の中を洗浄する。 そのついでに顔に樽一杯分の水を掛けて叩き起こす。 しばらくしてなんとか起き上がったものの足取りがおぼつかない。 フラフラするシルフィードを見て、馬にすれば良かったと後悔するも時既に遅し。 もう猶予は無い、下手をすれば既に屋敷に乗り込んでいるかもしれないのだ。 致命的な遅れを挽回するにはシルフィードでなくてはダメなのだ。 「どうにかならない?」 「……やってみる」 キュルケに言われ、タバサがシルフィードに歩み寄る。 そして小さく二言、三言囁くと風竜は翼をはためかせて本来の威厳を取り戻した。 心なしか顔が青ざめているように見えたけど、この際関係ない。 動けるものなら何でも使う、そうせざるを得ない状況なのだ。 「あまり無茶はしないように!」 「はい! 後の事はお願いします!」 いくら風竜とはいえ人数が多ければ速度は落ちる。 コルベール先生を残し、シルフィードの背に乗る。 ついでにギーシュも置いていこうとしたのだが、 しっかりとへばり付いてシルフィードから離れない。 時間も無いので、このまま連れていく事になった。 「責任の一端は僕にもあるからね」 「はいはい」 口に薔薇を咥えたままのギーシュに適当に相槌を打つ。 モット伯の屋敷を教えたんだから一端どころかモット伯の次ぐらいに責任がある。 それなのに平然とした顔しているこいつが気に入らなかった。 「大丈夫だって。相手がトライアングルのメイジでも彼なら……」 「それが問題なのよ!」 そもそもギーシュの考えは論点がズレてる。 勝ち負けなんて関係ない。 王宮の勅使に手を出す事自体が大問題なのだ。 ましてや、あいつは並の使い魔じゃない。 もし全力で暴れようものなら……。 小さな部屋でその衛士は椅子に座っていた。 組んだ指先がカタカタと震え、顔面は蒼白。 正気を失いつつあるが、それでも彼は職務を全うしようとした。 そして、ぽつりぽつりと目にした事を呟く。 “最初はやけに静かだなって思ってたんです” “門番もいないし、扉も開けっぱなしだったんです” “なんだ、何もないじゃないかって……その時、気付いたんです” “足元が…赤絨毯じゃなくて……血だったんです” “怖くなって人を探したんです。もう誰でも良かった” “捜索の途中で部屋から光が射しているのを見かけたんです” “だから誰かいるんじゃないかって覗いてみたら……燃えていたんです、人が…” “モット伯? モット伯爵は見つかりませんでした” “いえ、それらしき『物』ならありました……” “私室にあったんです。服や杖は伯爵の物だったんですが…” “その下にあったのはドロドロに溶けた『何か』だったんです” 「マズイ……確かにそんな事になったら……」 ギーシュが頭に浮かんだ最悪の予想を振り払う。 それで取り返したとしてもメイドがいなくなっていればすぐに気付かれる。 そうなればシエスタが学院のメイドだった事が判明し、そこから彼へと捜査は及ぶだろう。 使い魔の責任は主であるルイズの責任。 最悪、ルイズは縛り首。使い魔の方は解剖されて実験台。 いや、だけど彼の力なら衛士隊とも渡り合えるかもしれない。 “トリステイン王国VS究極生物!” そんなチープなタイトルが浮かんでしまった。 冗談じゃない…! 早く止めないと笑い話じゃ済まなくなる! 風竜が空を翔る。 目指すモット伯の屋敷は間もなく見えてくるはずだ。 「それで私に何の用かね?」 頬杖をつきながら至極不満そうにモットは応対する。 その視線の先には薄汚い犬。 これからお楽しみの時間だというのに邪魔をされて最悪の気分だった。 「なに、伯爵様に是非見てもらいたい物があってな」 ソリには布が掛けられていた。 その布の端を彼が咥え引き抜く。 途端、露になるソリの中身。 「……! 何ィ、まさか、それは…!」 積まれていたのは雑誌だった。 それもただの雑誌ではない、いわゆるエロ本だ。 いくら『ドレス』の研究員とはいえ、研究所に缶詰では溜まる物もある。 そういう時に『こういう物』のお世話になっていたのだが、それが資料に混じっていたのだ。 『異世界の書物』に興味があると聞いた彼はふとコルベールの事を思い出した。 そう。バオーに関する資料もまた『異世界の書物』なのだ。 そしてコルベールが要らない資料があると言ったので内緒でぱくってきたのだ。 頭を下げたのはその謝罪。 そして、彼が適当に持ってきた本はモットの好みに直撃した。 「……………」 モットの視線が本に釘付けになっている。 つつつとソリを引っ張ると釣られてモットの視線も動く。 更に動かすと今度は椅子から立ち上がった。 「それじゃあ機嫌悪いみたいなんで出直すわ」 「待ちたまえ! 話を聞こうじゃないか!」 そそくさと出て行こうとする彼をモットが焦り呼び止める。 モットの不機嫌など完全に吹き飛んでいた。 もしデルフが笑えたらきっと笑っていただろう。 『よし、餌に食いつきやがった』と。 「分かっているとも。あのメイドだな? すぐに解雇しよう。勿論まだ手はつけておらん」 「おいおい伯爵様よー。こっちはかの有名な『異世界の書物』だぜ? メイド一人と交換で済むと思ってんのか?」 「むう……」 モットは自分の髭に手をやった。 これはただの脅しだ。 連中にしてみればあのメイドを助ける事が重要であって、 本の値を吊り上げるのはついでに過ぎない。 だから、ここは強引に押し切っても大丈夫だろうと踏んだ。 「…悪いが、それ以上の条件は呑めんな」 「じゃあ、この話は無かった事で」 「待ちたまえぇぇぇーーー!」 あっさりと引き下がろうとする犬を慌てて呼び止める。 まさか、そう来るとは思ってなかったのか、予想外の展開に振り回される。 デルフとてシエスタを助ける事が第一だと思ってる。 しかし、それでシエスタを助けた所で今度は他の女性が犠牲になるだけだ。 だからモット伯から搾り取れるだけ搾り取って新しいメイドも雇えないようにしてやろう。 そういう考えがあったのだ。 「そうだな。屋敷にいるメイドで実家に帰りたい連中全員ならいいぜ」 「くっ……! いや、しかし、それは…」 「考えてもみろよ。メイドにだって給金払ってるし、維持費だってバカにならねえだろ? それが貴重な本に代わるんだぜ? 『固定化』かければ維持費なんて必要ないだろ? 長期的なスタンスに立ったらメリットだけが手元に残るんだぜ。メイドも一生若いままじゃねえんだし」 「なるほど、それもそうか…」 昔取った杵柄というべきか。門前の小僧習わぬ経を詠むというべきか。 武器屋の親父の所で年月を過ごしたデルフは、こういった駆け引きが得意だった。 そりゃあもう口八丁で良い点ばっかり強調して商談を成功させた。 早く早くと急かすモットを落ち着けてメイドたちが先と念を押す。 その後、集められたメイドの数はデルフの予想を遥かに上回っていた。 モット伯の欲深さに正直、呆れるばかりである。 だが、シエスタを除き皆の表情は暗い。 元よりモット伯に身体を弄ばれた者達だ。 このまま故郷に帰っても肩身も狭いのだろう。 嫁ぎ先も決まるかどうかも怪しいし、 元々貧しい出の者も多いだろうから生活も苦しくなるだろう。 だが、そこもデルフの計算の内だった。 メイド達を確認すると本を手に取る様にモット伯に促す。 「おお…ついに『異世界の書物』が我が手に…!」 感極まった声でモット伯がソリに載せられた本に手を伸ばす。 そして持ち上げた瞬間、驚愕の声を上げた! 「何ィィィィーーーー!!」 『異世界の書物』の下には、もう二つ『異世界の書物』があった。 つまり! 『異世界の書物』は『三冊』あった! 彼がぱくってきた雑誌は三冊あった。 万が一の事態を考慮し多めに持ってきたのだ。 勿論、指示したのはデルフである。 何も無ければ返せば良いと実弾を増やしてきた。 「さて、二冊目なんだが……」 「っ………!」 モット伯の威厳がデルフに呑まれていく。 正に魔剣と呼ぶべき迫力。 それを以って、ぼそぼそと伯爵に耳打ちする。 「メイド一人当たりに、これだけの退職金を支払うという事で」 「……! おまえ、それだけあったら酒場が一つ経営できるぞ!」 しかもメイド一人当たりである。 合計すれば金額は更に跳ね上がる。 どれぐらいかというとモット伯の屋敷の金庫の中身ぐらい。 こう見えてもモット伯は老後の心配もする慎重派。 蓄えは常に持っておかないと心配な人なのだ。 それが空になるというのは流石のモット伯も腰が引けてしまう。 だが、悪魔の囁きがそれを覆した。 「これ、さっき買ったのの続きなんだけどよ……本当にいいのか?」 「!!!」 コレクターにとって揃える事は何よりも重要である。 たとえ、中に何が書いてあるか分からなくても揃っているだけで価値はある。 逆にいえば、いくら価値がある物といえど揃わなければ価値は半減。 「さあ、どうする?どうする?」 「…いや、それは、急に言われてももう少し考えさせて……」 「そっか。じゃあご縁が無かったという事で」 「むぅぅあぁぁちぃぃたまえぇぇぇーーーー!!!」 金庫から運び出される金貨や金塊の山。 それを平等に彼女達へと分配していく。 新しく人生をやり直すための資金だ、多いに越した事はない。 最初は面食らっていたものの、ようやく飲み込めたのか感謝の言葉を口に出す。 笑顔を見せる者、中には涙を零す者もいた。 「いいって、いいって。実際には伯爵様が出してんだからよ」 「……ああ」 反面、モット伯は燃え尽きかけていた。 資産の大半を注ぎ込んだのだ、枯れ果ててもおかしくない。 しかし、そういった人間もまた悪魔にとっては標的にすぎない。 「実はよー、これ三部作なんだな、これが」 「………!!?」 そして悪魔は再び囁く。 モット伯を破滅に導く為に…。 「………………」 彼女たちは言葉を失っていた。 風を切り、吹き抜ける風を物ともせず、 ようやくモット伯の屋敷に辿り着いた彼女達が見た光景。 それは鎧や絵画などの財宝を満載した馬車にメイド達を侍らせ、 悠々と衛兵達に見送られる自分の使い魔の姿だった。 何が起きたのか、それともこれは夢なのか。 横に立っているギーシュの頬を捻り上げ確かめる。 「なあ、本当にこれで良かったのかね?」 頭に冠をかぶった相棒にデルフが話し掛ける。 悪ノリした自分もどうかと思うのだが、良くある悪者退治には程遠い。 魔王の城に乗り込んで破産させたなんて話、聞いた事がない。 こんな結末で良かったのかと彼に尋ねた。 「わん!」 実に軽快な返事。 これでいいのだ、と彼は答えた。 どんな結末だろうと自分は後悔しないようにやったのだから。
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前ページ次ページゼロの登竜門 ゼロの登竜門 幕間 討伐の成果報告 ルイズ、キュルケ、タバサの三名はオールド・オスマンに報告をする。 そして丁度学園長室にいたコルベールも一緒に聞くことにするらしい。 「ふむ、まさかミス・ロングビルがフーケだったとは……。最初から学院に潜り込むつもりだったんじゃな」 「いったい何処で採用されたんですか?」 「街の居酒屋じゃ。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」 ミス・ロングビルがフーケだったことを伝えると、オスマン氏はそんなことをのたまった。 その後いくつかオスマンとコルベールが言葉を交わす。三人はダメな大人の一面を垣間見た気がした。 三人のそんな視線に気付いたのか、二人はコホンと咳払いをして話題を変える。 「さてと、君達はよくぞフーケを捕らえ、『破壊の小箱』を取り返してきた。これは大変名誉なことである」 そう、さまざまな貴族の屋敷に忍び込み、お宝を易々と盗み出していたフーケを捕らえたのだ。 三人は恭しく礼をする。 「フーケは城の衛士へ引き渡した。破壊の小箱は無事に戻ってきた。一件落着じゃ」 そう言ってオスマンは机の上に置いた小箱を、袋の上からポンポンと叩いた。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出して置いた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサはすでにその爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた」 オスマンのその言葉に三人の顔が輝いた。 といっても、タバサの表情は相変わらずだったが。 「本当ですか?」 「本当じゃとも。いいんじゃよ、お主らはそれくらいのことをしたのじゃから」 キュルケの言葉に、オスマンは孫を見るような笑みでそう返した。 そして話題を変える。 「さて。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の小箱の憂いもなくなったことだし、予定通り執り行う」 オスマンの言葉にキュルケの顔がぱっと輝いた。 フーケの騒ぎですっかり忘れていたようだ。 「ほっほっほ、今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしておきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」 三人は一礼してドアへと向かう。 キュルケがドアを開いて外へと出る、その時ルイズがピタリと立ち止まった。 「ルイズ?」 「気にしないで、わたしはもうちょっと話すことあるから」 怪訝そうにするキュルケだったが、強いて追及することでもなく、先に歩くタバサへ付いて階下へと消えた。 ルイズはドアを閉め、二人へと向き直る。 「何か……聞きたいことがありそうじゃな」 オスマンのその言葉にこくりと頷いて、コツコツと歩いて元の位置に戻った。 「その……破壊の小箱のことなんですけど……いったい何処で?」 「……なぜそのようなことを気にする?」 オスマンの質問返しにルイズはしばし沈黙する。そして怒られる事を承知で告白した。 「その小箱は、キングが使うことが出来たのです」 「キング?」 コルベールの言葉に「わたしの使い魔です」と答えた。 「その小箱を使った途端、キングは、白い閃光を放ちました。閃光はフーケの数十メイルもあろうかというゴーレムの胴体を跡形もなく消し飛ばしたのです」 その証言にコルベールは目を輝かせる。そしてオスマンは袋の中から小箱を一つ取りだして、起動させる。 ピンポン、と音がしてアナウンスが。 「………このことは他言無用じゃよ? お主らが信頼できる者として話す」 オスマンが二人へ順繰りに視線を向けると、両名ともこくりと頷いた。 「まず、ミス・ヴァリエールの使い魔、キングが使うことが出来た理由はその使い魔のルーンが理由じゃろう」 「使い魔のルーン?」 疑問符を頭に浮かべながら呟いたルイズへ、オスマンはコルベールへ指示する。 コルベールはそれに答え、その手に持った本を開いた。 そして、ルイズがそれに目を落とす。 「ミョズニトニルン。始祖ブリミルが従えていたという伝説の使い魔のルーン。キングのルーンはそれとまったく同一のモノだったのです」 タマゴにはルーンが刻まれていなかった、その為コルベールは生まれたら連絡するようにルイズに伝えたのだ。 彼がキングのルーンを確認したのは、ギーシュが気絶したその後のことである。 「珍しいルーンだと思い調べてみたのですが記述がまったく見あたらず、ここまで遡ってやっと……」 コルベールがそう言うが、ルイズはじっとその本の記述を見つめていた。 「なんでも、あらゆるマジックアイテムを扱うことが出来たそうじゃ。小箱を使うことが出来たのもそれが理由じゃろう」 オスマンのその言葉にルイズは本から顔を上げる。 「マジックアイテム? では小箱はやはりマジックアイテムなのですか?」 「それはわからんのじゃ。なにせわしがどんな魔法をかけても小箱はウンともスンとも言わんのじゃからの。マジックアイテムならば魔法をかければ何らかの反応が返るはずなんじゃが……」 「ポケモン……」 「?」 ルイズの呟きに二人は首を傾げた。 「ポケモン、と言う単語に心当たりは?」 その言葉に、オスマンはもう一度小箱を起動させ、アナウンスが流れる。 「この言葉じゃな。あいにくわからん……小箱を預かった少年も詳しい話はしてくれなかったしの……」 「少年?」 オスマンはこくりと頷いて、語り出した。 「今から……そう、三十年前になるか。三十年前、森を散策していたときワイバーンに襲われた。そこを救ってくれた少年が、小箱を預けたのじゃよ」 「あずけた? なぜです」 「それは……皆目検討も付かん。紺色の……見たこともない美しいドラゴンに乗った少年じゃった。珍しい黒髪をしておったよ」 二人とも、黙って聞く。 「他にも何人かそのドラゴンに乗っておった。その内の一人は……そう、ミス・ヴァリエール。君と同じような髪をしておった」 「わたしと同じ……ですか」 「うむ。何人乗っていたかはなにぶん昔のことなので思い出せないが……四人くらいは乗っていたかのう……」 「それで……彼は他には何か?」 「…………そうじゃな、乗り合わせた少女が彼に耳打ちをして袋を彼に渡したんじゃ。彼は背負っていたカバンから小箱をいくつか袋の中に入れた。その時に言った言葉が……」 そこで一旦区切って、オスマンはお茶を一口飲んだ。 「そこで彼は「これは『破壊の小箱』です。何も言わずに預かっていて欲しい」と言ったんじゃ……彼らとはそれっきりじゃ、今回盗まれるまでとんと忘れておった」 「そう…………ですか」 「命の恩人の頼みとあらば断ることも出来なくてのう。彼は「使い道がわかれば使っても構わない」と言ったんじゃがあいにく使い方がわからなかったのでな。ずいぶんお蔵入りしておったんじゃよ」 ルイズはオスマンの目を見るが、ただじっと見つめ返されるだけ、これ以上話す事は無さそうだ。 「わかりました……失礼します」 ぺこりと一礼してルイズは踵を返す。 カチャリとドアを開けて外に出て、ぱたんと閉めた。 そして学園長室にはオスマンとコルベールが残される。 「あの、オールド・オs「実はのう、コルベール君」 しばしの沈黙の後、コルベールが発言したがオスマンがソレを遮るように語り出した。 「なんでしょう」 「ミス・ヴァリエールに伝えておらぬ事がいくつかあるんじゃよ」 「いくつか…………ですか」 「実はその時、少年はドラゴンに乗っていただけではなく、淡い緑色の、不思議な生き物をも従えておったのじゃ」 「緑色の……」 「彼らの周囲を飛び回っておった。常に動き回っていたためハッキリとした姿は捉えられなんだが……これくらいじゃったかな」 そう言ってオスマンは両手でその大きさを説明する。 「だいたい……70サントかそれぐらいですか」 「うむ、その後さまざまな事典で調べはしたが全くもって調べられなんだ」 「未知のドラゴンに乗り。更に未知の生き物を従えてたと。そうおっしゃるのですか」 「どこから来たのかと聞いたら「遥か遠い場所から」と。ロバ・アル・カリイエかと聞いたら「ソレより遥か遠きところ」と」 「それより遠く……まさか……西の最果て?」 東のロバ・アル・カリイエでないとすれば、西の大海の遙か先しか無いはずだが。 「そんな有るかどうかも判らん物は引き合いに出すでない。行って帰ってきた者などおらんしの」 「失礼しました」 コルベールが詫びて一礼する。 その点で言ったら東も同じだが、陸続きであるという点では東の方が有利である。 エルフが暮らすサハラをどうにか超える事さえ出来れば、その向こうに土地があることは明確なのだから。 それにしても、ロバ・アル・カリイエよりもはるか遠くから来たと言う彼ら。 彼らはなぜ、そしてなんのために小箱をオスマンへと託したのか。 オスマンは数年間考え続けた。しかし答えは出ないまま三十年もの月日が過ぎた。 そしてこの度、フーケに盗まれたことにより、埋もれていた記憶は一瞬の内に発掘された。 ルイズにも、そしてコルベールにも話していない、彼らからの予言も。 オスマンは、閉じた扉をじっと見つめていた。 前ページ次ページゼロの登竜門
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咆哮! 貴族の誇りと黄金の精神 その③ 承太郎は……ルイズの胸よりぺちゃんこになって死んだ……。 揺ぎ無い事実がルイズの精神を追い詰める。 承太郎は『ルイズより強い』……しかし『ルイズの使い魔』なのだ……。 だから『承太郎がルイズを守る』事が当然であるように、『ルイズが承太郎を守る』事もまた当然なのであった。 だが結局ルイズは承太郎に一方的に守られるばかりで、破壊の杖を盗み出された時同様足手まといでしかなく、その挙句――その挙句――挙句の果て――…………。 「ジョー……タロ……」 膝が砕けその場にへたり込むルイズ。 絶望感が足元から這い上がってきて、心身を冷たくさせる。 何もかも終わってしまったようにルイズには思えた。 何も、かも。 だが。 ――……やれやれ。どうやら貴族を名乗る『資格』だけは持っているようだな。 承太郎の言葉を思い出す。承太郎が認めてくれたものを思い出す。 承太郎は自分の何を認めてくれたのだろう? それは――。 「私は……敵に後ろを見せない。なぜなら、私は貴族だから!」 立ち上がり破壊の杖を抱きしめ己の杖を抜く。 破壊の杖が使えないのなら、失敗魔法の爆発を撃ち込むのみ。 何度でも何度でも、ゴーレムを破壊できるまで。 ルーンを唱える。 目いっぱいの魔力を込める。 そしてルイズは解き放つ。 「ジョータロー!」 なぜ、彼の名を叫んだのかルイズにも解らなかった。 彼の名を呼ぶ事に意味があるのか無いのか。 それでも叫ばずにはいられなかった。 ルイズの中の何かが突き動かした。 爆発がゴーレムの鉄の足を襲う。 しかし、傷ひとつヒビひとつ入らない。 それでも、ルイズの心は折れなかった。 そしてこれから起こる出来事を! ルイズは『起こるべくして起こった出来事』として受け止めたッ!! 最初の異変はどちらだったか。 爆発を受けたゴーレムの足に、少しの間を置いてから突然ヒビが入った事だろうか。 それとも、ゴーレムの足の下……いや、中から聞こえる声と音だろうか。 ゴゴ……オ……オオ……。 「何か聞こえる」 タバサが呟いた。 オオ……オオ……オラ。 「遠くから聞こえるような……」 キュルケは耳を澄ました。 オラ……オラオラ……オラオラ。 「だんだん近づいてくる……!」 ルイズはこれから起こる事を一瞬たりとも見逃すまいと目を見開いた。 「こ……この声は!?」 森の中、木の陰に隠れながらフーケは驚愕した。 馬鹿なッ、この声はたった今踏み潰したはずの……! オラ……オラ。 オラ……オラオラ。 オラオラオラオラ。 「ルイズ! 伏せて!」 キュルケが叫び、そこでようやく冷静に物事を考える能力を取り戻したルイズは、慌てて巻き添えを食らわないよう地面に伏せた。 その直後、ゴーレムの鉄に錬金された足が内側から粉砕される。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 鉄を破って出てきたのは見た事もない屈強な男。 肌の色は青く、黒い髪をなびかせ、筋肉の鎧を身にまとった古の戦士を思わせる男。 その男が、後から出てきた見覚えのある男の周囲を回りながら拳を連打する。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――ッ!!」 空条承太郎のかたわらに立つ男の腕は、まさに承太郎が自分の身体から出していた『腕』そのもの! これが承太郎の真の能力。承太郎が出せるのは『腕』なんかじゃあないッ。 それはメイジにとっての使い魔の如き存在。 それはまさにクールでタフな承太郎の分身とも言える、屈強なる人型の精神力。スタンド! 「やれやれ。ま……確かに硬い鉄だがぶち壊してやったぜ……」 承太郎が勝ち誇ったように言った直後、鉄化した右の足首から先を完全粉砕されたゴーレムはバランスを崩して倒れた。 「ジョータロー! 無事だったのね!」 「ルイズ……手伝いな。『派手にキメる』ぜ……」 「任せなさいっ!」 ルイズは輝くような笑顔を見せ、再び杖を振るった。 承太郎もニヤリと笑ってぶっ倒れているゴーレムに肉薄する。 「うおおおッ! スタープラチナ!!」 即座に再生を開始していた足首を、承太郎のスタープラチナが再び殴り飛ばす。 「オラオラオラオラオラオラオラオラーッ!!」 足首からすね、すねから膝、膝から太もも、太ももから股間、股間から下腹部。 下から上へと削り取っていくかのような破壊の行進を続ける承太郎。 そして殴り飛ばされる土はすべて森の中へぶっ飛ぶ威力! 魔力の込められた土は次から次へと森の中へ消えていった! 承太郎の破壊活動を手伝うように、ルイズも呪文を詠唱する。 そして当然のように失敗魔法を放ち、ゴーレムの身体を次々と爆撃する。 スタープラチナの攻撃でヒビの入っていたため、ルイズの魔法でヒビが広がる。 そして崩壊。二人の連携プレイにより破壊速度が再生速度を圧倒的に上回る。 「チャンス」 上空から見ていたタバサが呟いて、承太郎の足跡にエア・ストームを放つ。 するとまだ残っていたゴーレムの土が、質量を大幅に失ったため竜巻に呑み込まれる。 そしてタバサもゴーレムの土を森の中へと吹き飛ばす。 「あらあら。ルイズまで活躍してるのに……私が活躍しない訳にはいかないじゃない」 キュルケもファイヤーボールで空中爆撃を開始する。 狙いはもちろん、承太郎の攻撃でヒビが入ってしまった部分。 ルイズの爆発とキュルケのファイヤーボールが同時に炸裂し、胴体を真っ二つに割った。 四人が一致団結して行った攻撃は、もはやあまりにも一方的すぎた。 土くれのフーケが作り出した自慢のゴーレムは、数分と持たず粉微塵にされる。 そこまでやられてはさすがにもう再生不能。 安全を確認したタバサはシルフィードを地面に着地させた。 「さすがダーリン! 無事でよかった!」 真っ先に行動を起こしたのはキュルケで、承太郎の腕にしがみつく。 続いてタバサが承太郎の前までやってきて、顔を見上げる。 「スタープラチナ……それがあの戦士の名前?」 「……まあな。見ての通り殴る蹴るしか能のねー能力だ」 「でも強力」 寡黙同士の会話最長記録樹立の瞬間であった。 といっても二人とも元々ろくすっぽに話す機会など無かったが。 キュルケとタバサに囲まれた承太郎を見て、ルイズはちょっとムッときた。 多分、独占欲のせい。自分の使い魔だから、他のメイジと親しくして欲しくないような。 でも相手がギーシュだったら、どうだろう、とも思ってしまう。 ちょっと前なら、あんな最低最悪な貴族の風上にも置けない男と一緒にいると、ヴァリエール家の使い魔としての品が下がる……とか思ってたかもしれない。 でも今だと、多分、特に、嫌な感情を持てない気がする。 ギーシュだと大丈夫で、キュルケ達だと何かダメなのは、何でだろう? その理由を考えていると、ルイズ等の近くの茂みがガサガサと揺れた。 ルイズはハッとして破壊の杖を強く抱きしめて振り返った。 「誰ッ?」 土くれのフーケではないかという警戒心がルイズとキュルケに杖を抜かせる。 承太郎は特に気にした様子を見せず、のん気にタバコを取り出して火を点けた。 タバサはタバコの煙に少し眉をしかめたが、承太郎同様あまり動こうとしなかった。 「わ、わたくしです。ロングビルです」 出てきたのはミス・ロングビルだった。右手に杖を持って、笑顔を浮かべている。 あちこち擦り傷が見られるが結構大丈夫だったらしく、足取りもしっかりしてる。 「ミス・ロングビル! 無事だったんですね」 「心配かけてごめんなさい。それより、フーケのゴーレムはどうなりました?」 安堵の笑みを浮かべて杖を下ろしたルイズに、ミス・ロングビルが歩み寄る。 だが突如としてスタープラチナの腕が伸び、ロングビルの杖を奪いへし折った。 「キャッ!?」 混乱したミス・ロングビルはその場に尻餅をついてしまう。 そして地面についたミス・ロングビルの手の指と指の間に、へし折られて先端の尖った杖が物凄い勢いで投げつけられる。 「ちょ、ちょっと!? ジョータロー!?」 突然の暴挙にルイズが慌てて詰め寄ろうとするが、承太郎との間にタバサが杖を割り込ませて動きを制した。 「ちょっと、あんたまで何の真似よ? こいつはミス・ロングビルに失礼を働いたのよ?」 「フン! 承知の上の失礼だぜ。こいつはミス・ロングビルじゃあねえ。 今解った! 土くれのフーケは『こいつ』だ」 一拍の間。 「えぇーッ!?」 ルイズとキュルケが叫んだ。 「それは考えられないわジョータロー! 彼女はオールド・オスマンの秘書なのよ、身元ははっきりしているわ!」 「その通りよ! でも、タバサ、あなた驚いてないのね? 『まさか』なの?」 コクリとタバサがうなずく。 それを見て、キュルケはミス・ロングビル=フーケという図式の過程は解らずとも、その図式がほぼ間違いないだろう事を確信した。 ミス・ロングビルは――目を丸くし驚いた表情を見せつつ、冷や汗を浮かべている。 「……証拠はあるの? ジョータロー」 ルイズがいぶかしげに問うと、承太郎は静かに、しかし力強く答えた。 「ああ……あるぜ」